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「ぷっ!!ぷふふふふ・・・・・・・きゃはははは!」
「・・・・・・レイチェル、何がそんなにおかしいのよ。」
尚も笑い続ける補佐官に、女王はちょっと拗ねる。
そんなに馬鹿笑いするようなこと、アンジェリークには言った覚えはない。
「くすくす・・・・ゴメン、ゴメン。でも、だって、裏庭に人がいたって?しかも、真っ黒な人?」
「いたんじゃなくて、突然現れたのよ。」
微妙に訂正し、ティカップの紅茶を一口飲む。
あの後。
彼女は明らかに動揺していて。
もちろん、執務はミス連発だったりで。
その様子に見るに見かねて、補佐官はお茶をいれた。
落ち着かせる為と。
何が起こったのは聞く為に。
でも。
親友には、女王が一部伏せて語ったその話は、余りに突拍子もなかったらしく。
感情を押さえることなく、大口開けて笑い出した。
「あのね、アンジェリーク?」
レイチェルはまだ笑いを堪えながら、尋ねる。
「一体、誰が入り込めるって言うのよ。あそこは一応、アナタの私庭でしょ?」
「うっ・・・・・・それは、そうだけど。」
他人が見れば、単なる野原だが。
宮殿に在る者は、あそこが女王の庭だということは誰でも知っている。
そんな場所に行くことなど、『恐れ多い』こと。
いくら、主がのほほんとしている人物だとしても。
女王の偉大さは判っているから。
「それに突然現れたなんて・・・・あるわけないでしょ。」
「でも、この目で見たのよ。」
アンジェリークは、蒼い瞳を指差してみせる。
そんな様子に笑いのツボがまた押されたのか、レイチェルの口元が再び緩む。
「レイチェル!」
「ゴメンってば!・・・・・・アナタ、そんな人がこの宇宙にいるってこと、今も感じること出来る?」
女王の庭に突然現れる。
この宇宙にそんな力の持ち主の存在は、研究院では感知していない。
それはすなわち『いない』ということと、同義。
けれど、女王が存在を認めるのなら、『いる』のだろうけれど。
「・・・・・・わかんない。」
「でしょ〜!」
勝ち誇ったような親友に、少女は小さく呟く。
「でも、本当にいたのよ、」
「金と、碧の瞳の男の人・・・・・・」
「・・・・・・・・アンジェリーク、アナタ、欲求不満?」
「なっ!な、何言い出すのよ、レイチェルッ!!」
からかい気味にいわれ、少女は今日三度目の赤面をする。
「だって、男の幻見るくらいだからさぁ。そうなのかなと思って。」
「幻じゃないってばっ!」
「ハイハイ。」
明らかに信じてないその様子に、彼女は頬を膨らます。
「ほんとにいたのに・・・・・・」
カップのお茶を飲み干しながら、求婚されたこととキスされたことは黙っておこうと心に誓った。
言えば、ますます欲求不満ということにされてしまう。
けれど。
花びら舞う中で立っていた彼の姿は、綺麗だった。
振り向いた時の、なんだか寂しげな横顔も。
哀しげなその瞳さえも。
アンジェリークは、思わず見惚れてしまった。
ひょっとしたらそれが、その後の展開をもたらしたのかもしれない。
ずっと彼を見ていたいと思ってしまったから。
『皇帝』と名乗ったその人を。
その立ち振る舞いは、突然『女王』になってしまった少女とは、やはり違い。
生まれついてのもの。
不躾なその態度すら、彼女は心に留めてしまった。
もっとも、だからといって彼の申し出を受け入れるわけにはいかなかったが。
『女王』に求められているのは、所作ではなくその力。
宇宙の意志を受け止めること。
宇宙を育て慈しむこと。
彼が理解したであろう支配者としての『女王』とは、趣を異なる。
「じゃあ、この話はオシマイね。さぁ、お仕事お仕事。」
「・・・・・はぁい。」
レイチェルの促され、アンジェリークがソファーから立ち上がろうとした時。
女王の執務室の扉がノックされた。
それもかなり慌てた様子で。
「ハ〜イ、どうぞ。」
「陛下、失礼します。・・・・あぁ、レイチェル様もこちらでしたか。」
入ってきたのは、研究員。
補佐官が兼任するその役職での部下の者。
「・・・・・どうかしたの?」
その何か焦った表情に、二人は眉を潜める。
宇宙に何か大変なことが起こったのなら、アンジェリークは判るはずなのだが。
「・・・・・・・お尋ねしてもよろしいでしょうか、陛下?」
「なに?」
「先程、大きな力を行使しましたでしょうか?」
「? いいえ、何もしてないわ。」
少女は訳が分からないまま、首を横に振る。
今日の執務はデスクワークばかり。
女王のその不可思議な力を使ってはいない。
少なくとも、研究院が大騒ぎするほどのモノは。
「そうですか、そうですよね。」
「何があったの?」
「今日の昼過ぎ、二度の正体不明の力の発動を感知致しました。」
その報告に、女王と補佐官は少し目を見開く。
「昼過ぎ・・・・?」
「二度って・・・・・・・まさか、それって裏庭で?」
「あ、はい・・・・・・陛下達もお気付きになられたんですか?」
驚いた様子の研究員に構わず。
アンジェリークとレイチェルは、顔を見合わせる。
「ヤダァ〜ッ!!!幻じゃなかったのっ!!!」
「ほらっ!わたし、嘘ついてなかったでしょっ!!!」
思わず、喚声を上げあう二人だった。