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・・・・・・・一体何処へ行ってしまわれたのだ。
後ろで束ねた髪を揺らしながら、青年は王宮の廊下の赤絨毯を歩いていく。
銀の髪と薄い色彩の瞳の若き宰相。
今は苛立ちを浮かべる端整な顔立ちは、貴婦人方の憧れの的。
しかも二十代で今の地位にあるのだ、言い寄られないはずがない。
だが。
残念ながら彼は愛する妻がいるので、彼女たちには見向きもしなかった。
大恋愛と大障害の末、結ばれたというのは、宮廷内の者なら誰もが知り憧れる恋物語。
その主役達は、今も新婚同様の仲の良さである。
「あの二人を見てると、愛って何なのか解かる気はするよ。・・・・どうしてそんなふうに出来るのかは、まったく理解できないけどね。」
とは、彼が後見を務める少年の弁である。
「あれ、カインだ。」
「おおっ、ほんとだなぁ。」
名を呼ばれ声の方に振り向くと、赤毛の男女が近づいて来ているところだった。
「ゲルハルト、マリア・・・・」
海軍司令官とその妹である副官。
宮城内に居を構える二人は、屋敷に帰る途中なのだろう。
軍服ではなく、場にそぐわないまるで市井の民のような服装。
このような格好の方が、この兄妹にはよく似合っている。
彼らの主がまだ今よりずっと自由だった頃。
諸国惑星を廻り、見聞の旅していた。
もちろんカインも、ほとんど無理矢理連れて行かれたのだが。
その途中。
惑星ノーグでガイアとメタモリアの間にある海を航行中、海賊に襲われた。
驚くほどの機動力と統率力で、我らが船はあっという間に囲まれて。
船員達はその時、情けなくも死を覚悟していたらしい。
が、そうはならなかった。
なぜなら、その海賊の首領であったゲルハルトがあっけなく降伏してしまったから。
果敢にも一対一の勝負を挑んできた彼に対したのは、旅の途中でくっついてきた青年。
なかなか良い勝負だったとカインは記憶している。
真っ昼間に始まった対決は、夕方まで続いて。
見物している方が疲れるほどだった。
その終結の訪れは、日暮れと共に降ったひとつの言葉。
「なかなかよい腕をしているな。」
海賊の首領を褒める声。
それを発したのは、黒髪の青年。
カインを無理矢理旅の道連れにした人物である。
多分、海賊なんて世間一般ではあまり良い顔をされないことを生業とする赤毛の彼は、身内以外に認められたことなんてなかったんだろう。
お伊達に弱い、ともいうのかもしれない。
一瞬嬉しそうな顔をして。
直後、潔い決断した。
自分と対等に対峙した青年を従える者には勝てないと、判断し。
降伏した。
そして、妹と子分の命乞いをして、その場で自ら命を絶とうとした。
もちろん、それは慌てて止めたが。
なんにせよ、我が主はゲルハルトを気に入り。
帝都ラグナに子分ごと連れ帰り貴族連中の猛反発を押し切って、海軍の一部隊にしてしまった。
今では、かつての自分達のような輩を取り締まっているのだから、人生どうなるのか判ったものではない。
「ちょっと、聞いてよ!また、兄さんってば、イカサマカードに引っかかってるのよ!」
「イカサマだったのか、あれ?」
さも悔しいぃ〜!という様な妹に、兄はきょとんと尋ねる。
「兄さん、気付いてよ!あんなの、素人目にも判る様な細工じゃないのさ!」
「そうかぁ?」
「『そうかぁ?』じゃなくて!もうっ、間抜けなんだから!」
「・・・・・・いちいちうるさいぞ、お前!」
「なんだって〜!」
大声でケンカを始めた二人に、カインは思わず頭を抱えそうになった。
ただでさえ、今、彼は問題を抱えているのに。
この上、さらに兄妹ゲンカに巻き込まれてはたまらない。
「お前達、ここを何処だと思ってる。少し静かにしろ。」
「だって、あのオトコオンナが・・・・・!」
「オトコオンナとはひどいなぁ、マ・リ・アちゃん♪」
「ジョヴァンニ!」
そこには女物の衣装を身に付けた、一見女にしか見えない青年。
海の上でゲルハルトと対決した彼である。
その格好は別に100%趣味という訳ではなく、彼が受けている任務の為でもあるのだが
それでも最悪という表情で、大人になりきれていない少女は今の今までケンカしていた兄の陰に隠れる。
「インチキっていうのはね、相手に気付かれないギリギリでやるのが面白いんだよ。そこのところ、わかってくれる?」
「わかったか、マリア。」
「・・・・・兄さん、馬鹿にされてるのよ。」
振り向いて尋ねる司令官に、副官は怒りを越えて呆れる。
暗にレベルが低いと言われていることに、彼はまったく気付いていない様だ。
それはそれで幸せなんだろうが。
「まぁ、なんだ。仲良くしろや。よく言うだろ、『仲良きことは美味しいかな』って。」
「『美しきかな』、だ。」
カインも呆れて訂正を入れる。
「あぁ、それそれ。『美しきかな』・・・・だぞ。」
それでも、そういうところが憎めないのがゲルハルトなのだ。
それはみんな判っているから。
司令なんて言う大層な役職も、半分はマリアを含め周りがフォローしているから成り立っているようなものだ。
「ところで、お前達、」
カインは憂鬱げに溜め息交じりで尋ねる。
「なんだ?」
「なに?」
「ん?」
一斉に六つの瞳が宰相の方へ向く。
「レヴィアス様を、見掛けなかったか?」