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『レヴィアス様』


その固有名詞を聞いた三人は、彼の苛立ちの原因を知る。
思えば、いつものことだったが。
「そんなの僕達が知る訳ないじゃん。」
「探したって、ムダムダ。」
「どっか飛んでっちまったんだろ。」
異句同意。
最初っから探すのを諦めた彼らの数々の暴言。
そのセリフに、カインはとうとう何かがプチっと切れた。

「皇帝が職務を放棄して消えてしまったのに、どうしてお前達はそんなにのんきなんだっ!!」

「なに怒ってんの?」
「そのうち帰って来ると思うぞ。」
「騒ぐなって言ったの、カインじゃないのさ。」
「お前達・・・・・」
どうしてこんなにのんきなのだろう。
海賊上がりの兄妹はともかく、ジョヴァンニは領主の家の出。
事の重大さは、多少判るだろうに。
もっとも放蕩息子だから、そんなことはお構いなしなのかもしれないが。

「・・・・・だが、レヴィアス様もそろそろ少しは落ち着いて貰わなければ、困る。」
「落ち着く?」
カインの言葉に、三人は怪訝そうにする。
「陛下ももう二十代後半だぞ。なのに妃の一人もいないとは、歴代十二代の皇帝陛下方々に申し訳が立たない。」
「そんな、大袈裟な。」
「大袈裟ではない。」
彼はきっぱりと断言する。
「この際、マリア、あなたでもいいから、妃に迎えてくれると、私の心労も少しは減るのだが。」

「そういう言い方はないんじゃないっ?!」

「なんだ?」
いきなり怒鳴られ、カインは状況が一瞬把握できなかった。
「『この際』?あなた『でも』?誰でもいいんだ?・・・・・馬鹿にするんじゃないよ!あたしは、お断りだよ!」
「あ・・・・・」
怒りに満ちた瞳に見上げられ、宰相はやっと自分の失言に気付く。
「すまない。聞かなかったことにしてくれ。」
「・・・・・・まぁ、謝るなら、許してあげるけど。」
「悪かった・・・・」

海軍副司令官を侮辱した言葉は、我が妻をも穢すセリフだ。
かつて領主の側室にされそうになった彼女を。
それを取り戻した自分もその助けをしてくれた主をも、侮蔑するもの。
後悔と何とも言えない後味の悪さが、カインの中に満たされる。
自分もとうとう宮廷の空気に飼い慣らされて、くだらない考え方をしてしまうような人間になってしまったのかと。
気分は落ち込むばかりだ。

「第一、レヴィアス様はわがままだからって、そこらのお貴族様みたいにあれもこれもって欲しがるような方じゃないでしょ。それぞれの意味での欲しいものしか、手に入れないよ。」
彼女を『妃』にほしいのなら、とっくの昔にしているだろう。
それだけの資質もそれを許す権力も、持っているのだから。
だが、彼のわがままは、そういう質のわがままじゃない。
物でどうかなるようなモノではないのだ。
それが良いことなのか悪いことなのか、それはその時々だが。
「・・・そうだな。」
ふっと自嘲気味に笑う。
「本当に好きな方じゃないと傍に置かないか、あの方は。」
それも考え様によっては、かなりわがままなことなのだが。

「あのさ♪」
「な、なによ?」
突然、満面の笑みを浮かべたジョヴァンニに話掛けられ、マリアはいや〜な予感する。
「マリアちゃんよりさ、僕の方がお妃様、適任だと思わない。」
わくわくとしたその声に、一同付近の空気が凍る。
「あんた、なに言い出すのよ・・・・」
「だって僕のほうがさぁ、綺麗だし。ほら、妃って見世物だから、見目麗しい方がいいだろう?」
自分でそんなこと言うかというツッコミを無視して、彼はうっとりと自己陶酔をする。
ほとほと呆れる。
「・・・・・ジョヴァンニ。」
渋い顔で、カインは重い口を開く。
「なに?」
「確かに見目麗しいことも大切だが。」
「だが?」
「もっと大切なのは、子を成すことが出来るかと言うことだ。」

皇帝の、支配者として一番大切な仕事は、跡継ぎ作り。
『男』の皇帝の相手は、『女』でなければならない。
それは世間一般、かなりの割合で常識である。
いくら女と見紛うばかりの容姿とはいえ、男。
その時点で、完全にお妃候補から外される。

「・・・・・・冗談に決まってるだろ。なに、マジになってんの?」
顔を引き攣らせる三人に、女装した彼は白い目を浴びせる。
「人が真剣に話している時に、言うんじゃない。」
「お前が言うと、冗談に聞こえん。」
「やだぁ、鳥肌立っちゃったよ。」
口々文句を浴びせる。
「僕だってやだよ。どうせ共寝するんなら、男なんかより、少なくとも女のマリアちゃんの方がずっといいな。」
「あたしはヤダよっ!」
彼女は速攻で断りを入れる。
冗談じゃない。
鳥肌が全身に広がってしまった。
「俺はかまわないぞ。別にこいつが弟になっても。」
「兄さん、馬鹿なこと言わないでっ!何で、こんな奴とっ!」
もはや泣き出しそうな思いで、妹は兄を睨みつける。
「つれないねぇ〜、マリアちゃん。」
ジョヴァンニはフワフワした髪を揺らしながら、くすくすと笑う。

誰をも煙に巻いてしまうその口調。
まったく、どこまでが本心なのか。
誰にも判らない。
判らせない。

「まぁ、その件はあとでゆっくり、膝を突き合わせて話すとして。」
「話さないよっ!」
イヤイヤと耳を塞ぐ少女の言葉を聞かずに、彼は琥珀の瞳を廊下の向こうに走らせる。


「ほら・・・・・、帰っていらっしゃったみたいだよ。」