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「夕日か・・・」

レヴィアスは小さく呟く。
自らの居城に戻り最初に目に入ったのは、真っ赤な残陽。
今日の終わりを告げる黄昏の風景だった。

確か。
あの少女の宇宙はまだ日が高かった。
どうやら、時差があるらしい。
ひょっとしたら、宇宙を越える際にタイムラグも発生しているのかもしれない。

なにぶん前例の記録がない魔導を使ったのだ。
どういうことになるか、まったく判らなかった。
ただ面白そうだと思い。
思い付いたことを実行したに過ぎなかった。
・・・実行する者もあまりいないだろうが。

『異宇宙への転移魔導』

想像に違わず、それは恐ろしく強大な魔導の力を必要とするだろう。
普通の者がこの術を使うなら、きっと命と引き換えである。
だが黒衣の皇帝は少しの疲れも見せず、平然としている。
それくらい、レヴィアスの能力は魔導士としても飛びぬけて高かった。

しかし、と彼は考える。

時の流れに、気を付けねばならぬだろうな。
あの者に。
我が妃に逢いに行く時は。
面倒な事が起きると、うるさいのがいるからな。

それを心に留め、廊下の先を見ると。
そのうるさいのがいた。


「レヴィアス様っ!」

顔を見るなり、名を叫ばれた。
それに不敬な奴だと顔を顰める。
気にはしなかったが。

「なんだ、カイン。何かあったのか?」
素知らぬふりをして、尋ねる。
なぜ銀髪の宰相が自分にがなり声を上げているのか。
判りきっているにもかかわらず。
「『何か』ではないでしょう、『何か』で・・・・・は?」
だが、それがだんだん戸惑いの調子になり、レヴィアスも眉を潜める。
「どうした?」
「あれ〜、レヴィアス様。その花どうしたんですか?」
カインの後ろからついて来た者の言葉に、ようやく合点が行く。

「あぁ、これか?」
彼は、首に下げたずいぶんと長いそれの端をひょいと持ち上げる。
「貰った。」
「どなたにっ?!」
立ち直りが早い部下に間髪入れずに突っ込まれ、皇帝は少し思案する。

求婚をするにはしたが。
まだちゃんとした返事は貰っておらぬな。
ならば、まだ話さぬ方が良いか。
それに。
今は黙っていて、後で皆を驚かす方が面白そうだ。

そう結論付け、彼は人が悪い笑みを浮かべる。
「秘密だ。」
「秘密って・・・・・・陛下!」
「あ、判ったぞ!」
突然、ゲルハルトが声を上げる。
「女でしょう、レヴィアス様!」
「・・・・・兄さん、編んだ花くれるような人は、普通女だって。」
「そんなことお前してたか?」
「海の上で花編むなんて出来る訳ないでしょう?!」
仲がいい兄妹の会話に、今度は苦笑いをする。


仲のいい『兄弟』など、自分にはいなかったから。
まして『親』など。
自分を『後継者』としてしか見ていなかっただろう。
先帝とその妃の胸に抱かれた思い出などない。

皇帝としては立派だっただろう父は、それ以外では人の道に外れるようなことを平気でするような人物だった。
それは他の者の為ではなく、ただ、自分の欲望の為に。
誰もが目を覆うばかりのことを、数限りなく行っていた。

その正妃である母は虚飾に満ちた生活をし、その暮らしを守る為、我が子に皇帝となることを強要した。
もちろん、『正妃』の『第一子』である彼は生まれた時から『次代』ではあったが。
『皇帝』の種なら、彼女以外の女からも産まれ出でていた。

それに加え。
レヴィアスの左の瞳は、碧。
一族の者には、有り得ない色。
それも彼からその地位を奪う理由には、充分な要因だった。

隙あらば、奪う。
それが、皇帝の一族の性。
代々何度も繰り返し、廃嫡は行われてきた。
そうやって、この宇宙の歴史は作られてきた。

子供の頃より『地位』ばかりか『命』さえ、何度も奪われかけた。
半分は血を分けた『兄弟』のその後ろ盾になる人物達に。
狙われ続けて生きてきた。
だが、両親は守ってくれず。
『次代』であることばかり、求めた。

親には愛されず、一族からは憎まれ。
それがレヴィアスの幼い頃の思い出だった。


「どこへ行ってらしたんですか!」
「気になるか?」
碧の光の端で皇帝は尋ねる。
「当たり前です。皇帝の行き先を把握するのも私の役目です。」
クソ真面目にも、銀色の宰相は真っ直ぐに言い切った。
その真剣さは、昔から少しも変わらない。


思えば、カインとの付き合いも長い。
初めて顔を合わせたのは、もう十年以上も前。
惑星アーリアに公務で行かされた時のこと。
盛大な歓迎にうんざりし祝宴を抜け出して街を歩いていると、すすり泣く女の声とそれを慰めている男の声が聞こえた。

「カイン・・・わたし、いったいどうすれば・・・・」
「・・・この星を出よう、リディア。」
「え?」
「大丈夫、二人分の船の切符くらい、なんとかなる。」

まだ少年の時代を抜け出したばかりの青年は、多分恋人であろう少女に安心しろと笑った。

想像するに。
領主か貴族かの側女にでも取られるのだろう、彼女は。
よくある話。
望まぬのに後宮に連れられてきた女達を、レヴィアスは子供の頃から大勢見ていたから。
それを知っていた。

しかし、庶民にそう簡単に船の切符が手に入るだろうか。
「市井の者は、一生に一度、自分の生まれた星を出ることが出来ればいいほうだ。」と聞いたことがある。
そのくらい高嶺の花なはずだ。

・・・つまらぬな。

何事か考えた後。
心で呟いた言葉とは反対に、次代の皇帝の口元には笑みが浮かんでいた。
それは、皇帝城にいる女達への僅かながらの罪滅ぼしの意味もあったのだが。
とりあえず、皇太子が帰星する船には若い男女が加わっていたのだった。


その後、色々あって。
即位した時に、カインを宰相に据えた。
もちろん猛反対にあったが、彼の才はもはや誰もが知るものだったから、結局は認めさせてしまった。

「異界へ行ってきただけだ。危険な場所ではなかった。別にたいして心配することもあるまい。」
「異界って・・・」
簡潔な説明に、宰相の顔が強張る。
「それじゃあ、その首に下げているのは異界の花々ですか?!」
「そういうことになるな。」
「毒でもあったらどうするんですっ!」
「毒花を編んだりはせぬだろう。」
心配性な部下に、少々辟易する。
「捨ててきますから、渡して下さい。」
カインの言葉に、思わずレヴィアスは目を向く。

「っ!馬鹿なことを申すなっ!」

誰がそのようなことを許すか。
我が妃からの最初の贈り物を。
なぜ、捨てなければならぬか。

「陛下・・・?」
「我の私室へ置け。捨てれば、命はないと思え。」
「・・・はい、承知致しました。」
納得いかない調子ながらも了承の返事を聞き、皇帝は宰相に花を渡す。
「夕餉にする。すぐ支度させろ。」
「はっ。・・・で、執務はいつ行なって頂けるのですか?」
「あまりうるさいことを言うな。明日、行なう。・・・それでよいな。」
「必ずお願いします。」
さらに念を押す彼に、レヴィアスは本格的にうんざりする。

が、ふと思い付き、歩き出そうとした足を留める。

「・・・・カイン。」
「なんです?」
「リディアといて、今も幸せか?」
突然の問いに面食らいながらも、彼は胸を張って断言する。
「当然です。今更、何をおっしゃるんです。」
「そうか・・・・・」
ほっとしたように、色の違う両の瞳を細める。


そして、思う。
あの少女は、異界の女王だというあの少女は、自分のそういう存在となってくれるであろうか、と。