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「つまんないなぁ・・・・・・・」
あの『事件』から3日。
女王の話が本当だと知った補佐官は、その場で親友に外出禁止令を出した。
もちろん宮殿の敷地内であっても、あの庭に行くことなど以ての外だった。
「レイチェル、心配しすぎよ。」
そうは言ったのだけれど。
過保護で責任感の強い彼女は、可能性を言い放った。
つまり。
「どっかの皇帝で、しかも『また来る』って言ったんでしょ?その彼が侵略者だったらどうするのよ。アナタをみすみす危険な目に遭わせる訳にはいかないよ。」
そんふうには見えなかったのだけれど。
突然現れた彼は、なにか驚き、なにか悔しそうだったから。
そして、なにか寂しそうだった。
何がそんなに彼の心の琴線に触れたのか、判らないけれど。
アンジェリークにとって、彼は自分の宇宙を『綺麗』と褒めてくれた人だった。
嬉しかった。
初めてそんなこと言われたから。
数値でもバランスでもなく。
ただ、『綺麗』と褒めてくれた。
『気に入った』と、言ってくれた唯一人の人だった。
あれは心からの言葉。
いや、彼が発した全ての言葉に嘘はなかったと感じる。
もし再び彼が現れたとしても、そんなに危険な事はないと思う。
そこまで考えて、少女はハッと気が付き。
顔を赤くする。
確かに危険はあるのだ。
但し、女王にではなく、アンジェリーク自身に。
そして既に危害は加えられてしまった。
余りの事に驚くばかりで。
うかつにも、事の重大さに今の今まで気が付かなかった。
「はぁ・・・・」
溜め息を吐きながらも、女王は執務机の上に突っ伏していた体を起こす。
あまりサボっていると補佐官に怒られてしまう。
「なんでこんな事になっちゃったんだろう・・・・・・」
それでも、口から嘆きが出てしまう。
その時。
「溜め息か。」
聴き覚えのある声。
予感と期待を以って、少女は振り向く。
椅子の後ろには、テラスへ続く窓。
ただ、閉められているはずのそれは開いていて。
溜め息の原因が口の端を上げて立っていた。
「どうかしたのか、アンジェリーク?」
見開かれた蒼い瞳。
そこに驚きの色を見て、レヴィアスはさらに口の端を上げながら部屋へ入る。
「な・・・・なんで、ここにいるの?」
びくびくしながら彼女は、立ち上がって後ずさりをする。
それが面白くて、彼は少女に近づく。
「『また来る』と言ったであろう?」
「で、でも、前は、庭の方だったじゃない。どうして、ここにいるの?」
「ああ、そのことか。」
レヴィアスはアンジェリークの聞きたいことを理解し、黒い髪をうるさそうにかきあげる。
「我がここに来る第一の理由は、お前に逢う為だ。」
「え?」
理解できなかったのか、彼女は小首を傾げた。
「お前がいなければ、どんなに綺麗な場所であろうと、関係ない。」
自分の言葉に絶句してみるみる真っ赤なっていく少女。
それを彼は楽しそうに見下ろした。
なんて恥ずかしいことを言う人なの?!
アンジェリークは頭に血が上ってしまい、クラクラした。
彼女が知っている一番そういうことを言いそうな人物の場合、その言葉を投げかけるのは半分趣味みたいなものだ。
けれど目の前のこの人は、直球勝負な上に嘘がなさそうに聞こえる。
冗談でも、社交辞令でもなく。
それだけに、困ってしまう。
「じゃ、じゃあ、なんでわたしがここにいるって判ったの?」
「お前に逢いに来たのだと言っただろう?」
彼は、何を当たり前なことを聞くんだと言う顔をした。
どうやら何を聞きたいのか、理解できていないらしい。
ちょっとムッとしながら、彼女は言葉を繰り返す。
「だから、なんでわたしがいる場所が判ったのって聞いてるの?!」
「・・・・お前がいるところに転移したからだ。」
ようやく判ってくれたのか。
答えを替えてくれた。
けれど、やっぱりアンジェリークには理解できない。
「転移って・・・・・?」
戸惑いながら、理解不能な単語を尋ねる。
「魔導の一種だ。」
さもありなん。
さらりと、彼は言う。
けれど、やっぱり判らない。
「あの・・・・・魔導ってなに?」
恐る恐る尋ねる少女に、そこから説明するべきだったかと気が付く。
そして、二人の間の常識も少しずれているらしいことにも。
ならば、少しずつ理解し合えば良い。
レヴィアスは小さく笑いながら口を開く。
「魔導と言うのは、宇宙を構成する元素に手を加えることだ。」
「?」
「理論上は不可能なことはない。だが、素質と言うものがあってな。誰もが魔導の力を持っているわけではない。その力の強さも人により違う。」
我ほどの力の持ち主は、あまりおらぬ。
そう付け加え彼女を見ると、眉間にしわを寄せう〜んと悩んでいた。
「じゃあ、あなた魔法使いなの?」
彼女なりの答えを出し、見上げてくる。
その答えに苦笑いしてしまう。
あまりに予想通りの反応だったから。
「魔法ではないが・・・・・」
違いを説明するのも面倒。
それに少女はそう思ったのなら、それでもよい。
彼はクッと笑いながら、返事を返す。
「ま、そんなところだ。・・・・・生業ではないがな。」
「そう、なの・・・・?」
「言ったであろう、我は『皇帝』だと。」
未だ悩む女王に。
皇帝は顔を近づけた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
アンジェリークはぎょっとし。
持てうる限りの力を持って、精一杯彼を押しとどめた。
とはいっても、体格差もあって数cmも離れなかったが。
「なんだ?」
彼は不満気な顔を至近距離で見せる。
「『なんだ』って・・・・」
何が悪いと言うその態度に。
少女は、呆れながらも血の巡りがよくなる。
「あ、あんまり近づかないで。」
近づかれて、後ずさりをしようとしたが。
これ以上下がると、執務机に倒れ込んじゃいそうだ。
細い腕でその体を必死に支えながら、彼女は真っ赤な顔で彼を睨み上げる。
「な、なんで、あなたにキスされなきゃならないの?」
そうだ。
プロポーズなんてされたけれど。
ちゃんと断ったはずなんだから、そんな事される筋合いはない。
・・・・・多分。
それに。
「わたし、あなたにファーストキス取られちゃったんですからね!」
3日前の別れ際。
あの時、初めての唇は彼に盗られてしまった。
少女はそのことを責めて訴える。
「ほう・・・・」
それは、いいことを聞いた。
レヴィアスは、面白そうに金と碧の瞳を細めた。
そして執務机に手をつきながら、少女に囁く。
「返して欲しくば、返してやろうか?」
「え?」
一瞬理解出来なかったらしく。
彼女は真顔で彼を見上げ。
ハッとその意味に気付き。
さらに赤味を帯びで表情を強張らせた。
「多少、艶も付けてな。」
用意周到にも、少女の両の脇を固め。
青年は、逃げ場所のない彼女に唇を寄せかける。
新宇宙の補佐官が女王の執務室の扉を開けたのは、その時だった。
ノックもなしに。
「アンジェリーク、さっき渡した書類に目を通し・・・・・・て?」
彼女は目の前の光景に、動きを止める。
そして呟いた。
「・・・・・・・やっぱり、欲求不満なんだ。」