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親友の白い唇から零れた言葉に。
アンジェリークは、自分の置かれた体勢にハッと気が付く。
「キャ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
自分を押し倒そうとしていた彼は突然開けられた扉に気が取られていたらしく、今度は彼女の力でも突き飛ばせた。
かすかに空いた隙間から、脱兎のごとく逃げ出し。
レイチェルの陰に隠れる。
や、やばい。
なんだか思わず、流されかけていたような。
頬は赤いのに青ざめながら、少女は悩み出す。
確かに揚げ足を取られるようなことを言った自分も悪いのだが。
それでも自分のいいように考えられるこの人の性格は、理解できない。
というか、そもそも出逢って二度目、それも前回今回合わせたって十分足らずなのに、普通あんなことしようとするだろうか?
思い出しただけで、顔から火が出る思いだ。
「アンジェリーク。あれが、例の彼?」
「う、うん・・・・・」
呆れを帯びながら向けられた紫翆の瞳に、女王は小さく頷く。
「ったく・・・・・・ちょっと、そこのアナタ!」
迫った相手に逃奔され。
かなり不機嫌だったところへ、邪魔した相手の指差され。
レヴィアスは、金色の髪の女を睨める。
が、それも一瞬のこと。
後ろに隠れる少女をその長身を利用して覗き込む。
「これは、おまえの側女か?」
「え?」
急に話掛けられてびっくりしたように彼女は顔を上げ。
そして、ちらりと間に居る人物に目配せをした。
なにか恐れるようなその視線に。
彼は眉を潜める。
「誰が、側女よっ!!!」
突然轟いた怒気に満ちた声に、青年は思わず色の違う両目を丸くした。
それはめったに見られない表情なのだが。
残念なことに目の前の彼女たちの眼中にない。
「ああっ、もうレイチェル、落ち着いてっ!」
「アンジェリーク、こんな失礼なヤツをかばわなくてもいいよっ!」
「べっ、別にかばってるわけじゃ・・・・・」
そんな二人の会話を聞きながら、レヴィアスはいつもの彼に戻る。
「なかなかいい性格をしている者だな。」
心底感心する。
『皇帝』にこんなふうに向かってくる連中は、なかなかいなかったから。
「・・・・・・それって、褒めてるワケ?」
「ああ。」
我が妃といい、この女といい。
本当にこの宇宙の住人は面白い。
目の前で楽しそうに笑う客人に。
アンジェリークは、ほとほと困ってしまう。
その上、予想通りレイチェルを怒らせてしまうし。
彼がいる限り、心労は尽きない気がする。
「どうやって来たのよ、アナタ?」
レイチェルがさっき自分が質問したことを繰り返し聞いていることに気が付き。
少女は理解していないながらも口を開く。
「あ、あのね、『転移』の『魔導』で来たんだって。」
「魔導?」
その言葉に親友は、驚いたような顔をする。
さすが研究院の天才少女。
『魔導』がなんなのか、知っているらしい。
「でもこの間とは、力の大きさが違うんじゃない?」
補佐官の尋ねた声に、女王は彼女が研究員に言い付けた言葉を思い出す。
『なにか異質な力を感知したら、直ちに報告すること。』
その報告が未だ自分にもレイチェルにもないということは、それは感知できないほど僅かだということ。
親友の疑問はもっともだ。
「訪れる場所がはっきりしていれば、無駄に魔導の力を使う必要はない。」
だから今回は、余力で無用な風等が起こることはなかった。
研究院がいくら最高の施設を誇っているとはいえ、発せられた力が全て使われてしまったのならそれを判別することは不可能だ。
「・・・・なるほど。」
話を総合すると。
つまりは、アンジェリークのいる所へ目掛けてやって来たということなんだろう。
少女の知識を総動員しても、自意識過剰とも思えるそういう結論にしかならなくて。
この場から消えてしまいたいくらい、恥ずかしい。
なんでこんなに気にいられてしまったのか、彼女には全然判らない。
判らないけれど。
すごく気に入られてしまったことは判る。
そりゃあもう、身の危険を感じるほどに。
「でも、『訪れる場所』ってどういうこと?」
心を寄せた少女以外から不要に見返され。
彼は憤る。
「我が我の妃の元に訪れて、何が悪い。」
ふんと音が聞えそうなくらいに、言い放つ。
さも当然というように。
だが。
「妃って・・・・・アンジェリーク!」
「ちょっ、ちょっと、待ってよっ!」
またしても騒々しく彼女たちは、話し出す。
「ワタシ、そんな話聞いてないよっ!」
「あ、あのね、レイチェル、誤解だってば!」
「誤解?」
レヴィアスは聞えた言葉に、眉間にしわを寄せる。
「そ、そうよっ!」
まだこそこそと隠れながらも、彼女は青年に目を向けた。
「わたし、ちゃんと『あなたの妃になんてなれません。』って、言ったじゃない!」
そう訴えられ。
彼は、ちょっと記憶を巡らせる。
そう言えば、そんなことを聞いたような。
――――――――――――――― 聞いてないような。
諫言はとりあえず耳に入れても、都合の悪いことは聞き流す。
恐ろしいことに、それが彼の生き方だった。
そうしないと、正常な精神では生きてこれなかった。
そしてもう一つ。
「ならば、これからおまえが我の妃になりたいと思わせればよいのだな?」
驚くほど我田引水な性格。
自分の都合よく物事を考える人物だった。
もう既に誰もが判っていることだったが。
なっ!
なに言い出すのよ、この人はぁ〜〜〜っ!!
もう泣き出しそうだった。
恥ずかしいのと相手に言葉が通じてなさそうなのとで。
きっぱり断って、それでオシマイだと思ったのに。
さらに突拍子もないことを言い出されて、アンジェリークは窮地に陥る。
いや。
真実、彼女を地獄へと蹴落としたのは、この後のレイチェルの言葉だったかもしれない。
「それじゃあ、アナタが欲しいのはこの宇宙じゃなくて、アンジェリークなんだね?」
「いつ我が宇宙が欲しいと言った?」
心外だと言う彼を無視して、親友は少し考え込む。
「ふ〜ん。・・・・・・じゃ、そういうことで。」
「えっ・・・・・・ちょっ、ちょっとぉっ?!」
自分を置いて出て行こうとする補佐官に女王は慌てる。
「まぁ、少し付き合ってあげなよ。・・・・そのうち飽きるって、あの性格なら。」
小声で耳打ちされた提案に、少女は気を失いかける。
「それにさ・・・・魔導士なんて、ワタシ、初めて実物見たし。」
「・・・・・・それが本音ね、レイチェル。」
「まぁね〜。」
研究者としての興味の為に、親友を贄にしようとしてるのだ。
彼女の頭が置かれた現実にクラクラしている間に。
呼び止めた相手は、扉まで移動してしまって。
「あ、外に出てもいいけど、ちゃんと書類に目を通しておいてよ。じゃあねぇ〜。」
きちんと釘を刺してつつ外出禁止令を解いて、軽やかに去って行ってしまった。
もうっ!!他人事だと思ってぇ〜〜〜〜っ!!
もう誰も彼も親友も信頼できず。
人間不振に陥るアンジェリークだった。