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もう誰も信じらんないっ!
アンジェリークは涙目で目の前の青年を睨み付けながら、心底そう思った。
見ず知らずの男に突然襲われるわ、親友には見捨てられるわ。
ろくな事がない。
所詮自分を守るのは自分でしかないのかもしれない。
少女は、とことん拗ねていた。
「で、どうするんだ?」
「どうするって・・・なにがよ?」
なおも目を三角にしながら、不機嫌なことこの上ない声で問い返す。
「外に出てもよいのだろう?あの庭でもう一度おまえを見てみたい。」
「・・・そんなに気に入ったの?」
「ああ。」
アンジェリークを見返し、レヴィアスは頷く。
彼女が尋ねたのは、一面の花たちのこと。
けれど彼が答えたのは、持ち主の方。
少女はそのことに気付きはしなかったが。
「もっとも、おまえがここで我と共にありたいと言うならそれでも良いが?」
クスリと笑ったその言い回しに。
かなり勘が鋭くなった少女は、ちょっとまた後ずさりをする。
「いっ、いいわよ!は、早く行きましょ!」
「ククク、ならば行くとしよう。」
言うなり黒い腕が彼女の手に伸びて。
「きゃっ!!」
華奢な体を絡めとる。
「なにす・・・・・」
るのよっ!と叫ぶ間もなく、暗転して。
気が付くとそこは、宮殿の裏。
彼女の庭だった。
「うそっ・・・・!」
「わかったか?これが『転移』の『魔導』だ。」
数え切れないほどの花々を見て驚いている彼女を立たせながら、説明する。
「この方法で、おまえのところへ来たのだ。・・・『宇宙』を越えてな。」
「宇宙?」
「ああ、こことは異なる宇宙だ。」
「・・・・・そこの『皇帝』なのね、あなたは。」
何とも複雑な表情を返す少女に、レヴィアスは少々不安になる。
不安を感じるのだが。
何が不安なのか判らない。
判らないから、彼は不興顔でまたしても突然彼女の方に手を回し抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと!」
「・・・・・・・何もせぬ。」
暴れ出そうとする体を宥めるように囁く。
「何もせぬから・・・しばらくおとなしくしていろ。」
「・・・ほ、本当に?」
「ああ、本当だ。」
疑わしげな強張った顔を見て、彼は眉を落とす。
何かが邪魔をしてる。
本能的になのか、それとも彼が有する力なのか。
それを直感で、レヴィアスは感じていた。
腕の中の女王を手に入れる為には、決定的な何かが邪魔だった。
しかし直接聞いたとしても、それがなんなのかという明確な答えは得られないだろう。
おそらく。
それは、彼女の存在理由に関わるようなことであろうから。
「あ・・・・」
小さく聞こえた少女の声に、彼は考えるのを一先ず止める。
「どうした?」
「この指輪・・・・前もしてたよね?」
けして流されたりしない。
そう固く決心したにもかかわらず、肩を抱かれておとなしくしている自分を不思議に思う。
なぜ、彼のペースにはまってしまっているのだろう?
そんなに自分は意志が弱い人間だったんだろうか?
・・・・・・・違う。
違うと思う、この場合は。
確かに彼は強引で、ひどく一方的な人だと思うけれど。
時として違う表情を見せる。
まるで血を吐くような辛そうな顔を覗かせる。
それが演技ではない素顔だと信じてしまうのは、やっぱり軽率だとは思う。
それでも素直に信じることが出来ないほど、彼のことを知っているわけではないから。
自分の意思に反して青年の言いなりになってしまうのは、もちろん嫌。
けれど知りもしないのに疑うのは、もっと嫌だった。
ふと、左肩に目をやると。
あの時この場所で見た大きな手があった。
ひどく印象的な、金色の石と共に。
「あぁ、これか?」
彼はクッと皮肉げに口端を上げた。
その意味ありげな笑みに、アンジェリークは首を傾げる。
「気になるか?」
「べっ、別に・・・・・ただ、綺麗だなって思っただけよ。」
慌てて彼女は言い繕う。
変なことを聞いたと、後悔してしまう。
「これは、『雷光の指環』。『皇帝』である『証』だ。」
そう。
これは確かに自分が『皇帝』である『証』。
幼い頃から切望され、そして奪われかけた御座に座ることが許された証拠。
だが奪おうとする者は、今でも多くいる。
もっともやり方は、昔とは変わったが。
「我の祖は、神であったらしい。大いなる魔導の力を以って、多くの不可能を可能とした。そして、これもその一つ。」
要約した御伽噺を語りながら、忌々しげに彼女の肩に置かれた自らの指を見る。
こんな物の為に、何故自分が苦労せねばならなかったのかと。
「天を駆ける稲妻を捕まえて、固めたらしいな。・・・たいした神だ。」
「じゃ、じゃあ、これは・・・・・雷、なの?」
「真実は知らぬがな。おまえが気に入ったのなら、くれてやりたいが・・・そうすると、腹を立てる輩もいるのでな。」
「ほ、欲しいだなんて言ってないでしょっ!」
またしても怒り出す少女に、彼はニヤリとする。
「そうだな、おまえには別の指輪をやろう。」
「え?」
戸惑いを見せる彼女の手を取り、顔を覗き込む。
「我の『妃』の『証』をな。」
今度は怒りが原因ではなく。
みるみると赤くなる彼女に、レヴィアスは笑いが止まらない。
「何がおかしいのよぉ〜!」
「別に。」
クククと笑い続ける彼に、少女はまた柳眉を上げる。
「だいたい、何度もあなたの妃になってならないって言ってるじゃない!」
「クッ、そうだったな。」
自分の言葉に紅潮するということは、あながち気がないわけではないだろう。
何が邪魔をしているか、今は判らないが。
そんなものは、障害としない。
邪魔立てするものがなんであろうと何者であろうと、妨げとなるものを彼は許さない。
それを今まで実行に移し、生きてきたのだから。
これからも、それが真実になると信じて疑わない。
疑った時はそれまでだ。
全てが終わる。
「もう!いい加減に離して!」
アンジェリークは、からかわれた苛立ち紛れに青年の胸を押しやる。
多分たいして力を込めていなかったんだろう。
簡単に彼女を解放してくれた。
この間と同じ事をされると困るので、手もしっかり払って離れる。
「あなたね、皇帝なんでしょ!執務しなくていいのっ?!」
「それなら、昨日済ませた。」
「え?」
青年のつまらなそうな答えを聞いて、少女は目を丸くする。
「昨日済ませたって・・・今日の分は?」
「残ってるのは御璽押しぐらいだからな、明日やる。」
「・・・・・・・・・・・・あの、明日の分は?」
「まとめてやれば良かろう。」
あっさり言い切った声に、彼女は頭を抱えそうになる。
つまりは彼の事務処理能力は、アンジェリークと比べ物にならないくらい素晴らしいということだろう。
もちろん、二人が目を通す書類は全然違う性質のものだろうが。
宇宙の行く先を担っていることには、変わりない。
一生懸命こなそうとしているのになかなか進まない自分が、少女はなんだか無能に思えてくる。
比べる対象が非常識だと、苦労する。
・・・・・・別に、比較する必要はないのだけれど。
「そんなことして、怒られないの?」
「うるさく言う奴はいるが?」
可哀相。
アンジェリークは同情してしまう。
きっと付合わされる人は、大変な思いをしているのではないか。
いや、大変な思いをしているだろう。
「ふう・・・わかった。」
なにか根負けしたように、彼は溜め息を吐いた。
「おまえがそのように、我の執務を気にしてくれるのなら、今日は帰ろう。」
「『今日は』?」
聞き流してはいけない単語を聞き、少女は眉を潜める。
・・・・・・鋭くなったものだ。
けれど、レヴィアスの次の言葉は。
「また、来てよいか?」
珍しく、というより初めてアンジェリークの意志を確認するものだった。
それに驚き、かえって戸惑い。
だから思わず。
「う、うん・・・」
頷いてしまった。
頷くべきではなかったかもしれない。
調子付かせてしまうから。
突然頬に感じた温かさに、呆けていた意識が戻り。
ハッと手を当てる。
「なっ、何もしないって言ったじゃないっ!」
「したうちに入らぬだろう、」
面白そうに笑いながら、彼は自分に飛んできた彼女の掌を受けとめる。
「頬に口付けた程度のことでは、な。」
口の端を上げ、そこにもくちづけてから離れる。
された方は、さらに不意打ちを食らって動揺してしまい。
「わっ、わたしには、入るのっ!」
やっと怒鳴った頃には、すでに転移は始まっていた。
うまく扱えば起きないはずの風で、花びらを舞わせて。
「・・・・・・じゃあな。」
そう言い残して消えてしまった青年に。
少女は、思いっきり舌を出したのだった。