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帝都ラグナの中心部、皇帝城から10分ほど離れた場所にある大聖堂。
礼拝儀式を執り行うだけの場所でなく、諸々の教育・研究の施設でもある。
そこに半分は心ならずも籍を置く少年は研究に没頭してしまい、いつもより半時ほど遅く大聖堂の裏門を出た。
正面切って正門から出ても良いのだが、研究施設は奥にあり、かえって大回りになる。
そして、もう一つ。
表側にある礼拝堂は少し苦手だった。
彼には理解し難いものが渦巻いている場所だったから。
生と死。
生は自分以外の他人によって与えられるのに、なぜ死は他人が与えてはいけないのか。
家を出て以来、いやこの世に生まれて十数年間、ずっと彼の胸の中にある疑問の答えは未だ得られていない。
得られてはいないが・・・・・いけないことだとは漠然とわかっていた。
だからその訳を知る為に、ここに来た。
幾多の生と死を司る大聖堂に。
「ショナ!」
名を大きな声で呼ばれ、ハッと少年は振り向く。
そして彼の紫の瞳に映ったのは、自分より少し小さいただ一人の友人だった。
「ルノー・・・・・・・どうして、ここにいるんだい?」
ショナは首を傾げ訝しむ。
たしか彼は遠く離れた地で大魔導師に教えを請い、その魔導の力を磨いているはず。
自分にニコニコと笑顔を向けているはずがない。
「う、うんとね、ヴァーン様がお、お仕事でね、遠くの星に赴かれたから。ぼ、僕、その間お休みを頂いたんだ。」
「あぁ・・・・それでユージィンの所へ帰ってきたんだね。」
それで納得する。
少年は休暇を利用し、帝都に住まう保護者の元へ戻ってきた。
そして、友人の帰りを待ちきれずに迎えに来てしまったのだろう。
自分が持ち得ない子供らしい感情に、ショナは苦笑いを作る。
「うん!・・・・もう、帰るんだよね?」
「帰るよ。」
恐る恐る尋ねるルノーに安心させるように頷く。
「あ、あの、いっしょに帰っていい?」
「もちろんだよ。・・・・・帰ろう、皇帝城へ。」
―――――――――――――――――― 僕達の仮初めの家に。
「礼拝堂の方へは行ったの、ルノー?」
「うん、ちゃ、ちゃんとお祈りしてきたよ。」
「そう・・・・・」
嬉しそうに報告をする青玉のような瞳に、少年は紫翆の瞳を細める。
「て、天にいる兄さまに、ぼくが魔導の勉強をちゃんとしてることを、ほ、報告したんだ。」
「・・・・相変わらず、僕の分まで君がお祈りしてくれているんだね。」
詭弁かもしれないが、ショナはそう思っていた。
神に感謝する心も気持ちも持ち合わせていなかったから。
ならば、礼拝堂が好きな小さなこの友人が神に祈ってくれればいい。
それで訳もなくどこかに感じていた後ろめたさが解消された。
「に、兄さま、帰ってるかなぁ?」
ぼんやりと自分の世界に入っていた金糸の髪の少年は、呟かれた言葉を一瞬理解できなかった。
けれど、知っていた。
友人には二人の兄がいることを。
彼の幼い頃死んでしまった実の兄と、そしてその兄に似ているという皇帝城の主。
今の呟きがそのどちらを指しているのかは、すぐに判る。
「レヴィアス様・・・・お城にいなかったのかい?」
「う、うん、どこかにお出かけされたみたいなんだ。」
頷くルノーに、そういえばとショナは思い出す。
後見者である宰相がまた怒っていた気がする。
どこかへ行って、花を貰ってきただのどうのと。
彼の妻である女性は少し困った顔で笑いながら、夫を宥めていた。
今日もそこに出掛けたのかもしれない。
おそらくこの間と同じく、部下にも誰にも無断で。
「ショ、ショナ、あ、あの・・・・・」
「?・・・・どうかしたのかい?」
急にいつもにも増して舌足らずに言いにくそうにする友人に、少年は首を傾げる。
「ほ、本当は・・・・頂いたのは、お休みだけじゃ、な、ないんだ。」
「お休みだけじゃないって・・・・・なにか、仕事かい?」
「よ・・・よく、判らないんだ。」
「判らないって・・・・・?」
ますますショナは首を傾げる。
「どういうこと?」
「うん・・・・・・」
俯いてしまった少年魔導士に、はっと気がつく。
「ごめん・・・・言えないことなら、言わなくてもいいよ。」
仕事なら守秘義務が発生するのは、当たり前だろう。
魔導士の仕事なら、尚のこと。
客の命に関わる事だってあるはず。
やすやすと他人に話していいことであるはずがない。
「う、ううん、聞いて!」
謝られた少年は慌てて首を横に振った。
「に、兄さまのことなんだ。」
「陛下のこと?」
「う、うん、ヴァーン様は、こ、こうおっしゃったんだ・・・・・」
「『レヴィアスの心を救うのを助けよ。それが出来るのは、おまえ達だけだ。』って。」
「救うのを・・・・助ける?」
大魔導士が弟子に伝えた言葉。
それを高い頭脳を持つ神学生は口の中で繰り返し、考える。
「ぼ、僕、わからないんだ。兄さまは、つ、強いのに・・・・」
「・・・・・・本当に強いのかどうかなんて、本人にだって判らないよ。」
困惑する水色の髪に、彼は言葉を零す。
「まして『心』なんて不安定なもの・・・・・強いわけないんだ、ルノー。」
城門まで来ると、一人の青年が立っていた。
紫の銀髪と水の瞳。
かつて天の御使いだと称された者は、辺りを見回していた。
「ユ、ユージィン!!」
彼の姿を見つけるや否や、ルノーは駆け出す。
その声に笑みを浮かべ、走ってきた少年を受けとめる。
「ルノー・・・・・どこへ行っていたのです?」
「・・・・遅くなってごめん、僕が帰るのを待っていたんだ。」
後から近づいてきたもう一人の少年の言葉に、青年は頷く。
「いいんですよ、無事に帰ってきたのなら・・・・大聖堂へ行っていたんですね。」
そして子供たちの先に立ち、門を通って城内へ歩き出す。
「兄・・・・レ、レヴィアス様、まだ帰って来てないの?」
「まだお帰りではないようですよ。」
城の中では努めて『兄』と呼ばない様に気を付ける養い子に尋ねられ、ユージィンは答える。
それを聞いて、修道服の彼はまるで感情が込められていない様に呟く。
「きっとカイン、また怒ってるね。」
「ええ、そうでしょ・・・・・・」
青年が同調し頷こうとした時。
「まったくあなたは!またどこへ行っていらっしゃったんですか?!」
「・・・・・ほらね。」
聞こえてきた後見者の大声に耳を押さえて、ショナは溜め息を吐く。
「あっ、に、兄さま、帰っていらっしゃっただね!」
「ルノー、もう少し静かに・・・・・でも、どうやらそうみたいですね。」
うっかり『兄さま』と言ってしまったことを窘めてから、彼は子供たちに肯定の返事をする。
「挨拶しなきゃね。・・・・行こう。」
「う、うん!」
金の髪の少年は友人とその保護者を促して、城の主と居候する館の主がいるであろう廊下の角を曲がろうとする。
そう。
3人が曲がった、その瞬間のことだった。
「我が自分の妃に逢いに行くのに、何故おまえの許可が必要なのだ?!」
あまりにも衝撃的な皇帝陛下のお言葉に。
辺りにいた彼に仕える者の動きは。
一瞬にして止まった。
もちろん。
この宇宙で最高の知識を持つと言われる少年の思考さえも。
ストップしてしまった。