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「ショナッ!!レヴィアス様、ご結婚なさるんですって?!」

少女はバンッと知り合いの少年の部屋を開けた。
めったに表情を変えない彼とその友人の保護者に眉を顰められるのも気にせずに。
「・・・・・マリアちゃん、扉が壊れるよ。」
「そんなこと、今はどうでもいいじゃない!ねえ!!」
よくないよ・・・と言う言葉を遮って、彼女は尋ねる。
「ホントなの?!」

「まったく・・・・どうして女というのは噂話が好きなんでしょうね。」
呆れたようにユージィンは腕を組んで溜め息を吐く。
それを聞いて、マリアは少しむっとする。
「いいじゃないのさ、別に。あたしは陛下の幸せを祝ってあげようと思って聞いてるんだから。」
「余計なお世話じゃないんですか。」
「なんだってっ?!」
「・・・・・やめなよ。」
今にも飛び掛かりそうな海軍副司令官を神学生の少年は諦め気味に諌める。
喧嘩されるのはともかく、部屋をめちゃくちゃにされてはたまらない。

「カ、カインには、聞かなかったの?」
そこにもう一人いた年少の少年が赤毛の少女に話掛ける。
「え?あぁ、宰相サマは下にいたけどね、真っ白に燃え尽きてたから。なに言っても生返事ばっかなのよねぇ。それを良いことに兄さんとウォルターが勝手に酒盛りしてたけど。」
「・・・・ちょっと待って、マリアちゃん。」
彼女の言葉に、部屋の主は反応する。
「なに?」
「まさか、あの二人の相手を身重のリディアに任せてきたわけじゃないよね?」

そう。
金の髪の少年が居候する館の女主人の腹には、小さな命が宿っている。
順調にいけば、数ヶ月この世に産まれ出だろう。
今は大切な時期なのだ。
どんちゃん騒ぎの相手をさせるなんて、とんでもないこと。
それも皇帝城で1,2を争う酒豪の相手なんて。
彼女の夫が正気でない今なら、尚更だ。

「あのね、いくらなんでもそんなヒドイことしないって。安心しなよ、ちゃんと寝室まで姐さん送ってから来たわよ。」
見くびられ、ちょっと眉尻を上げてマリアは答える。
「ならいいけど。」
無表情な少年の顔が心なしかほっとする。
それを見て少女は思わず吹き出してしまう。
「・・・・なぜ、笑うの?」
「ん〜、あんたも少しは変わったのかなって思ってさ。」
「・・・・そうかな。」
「そうだよ。」
自信なさげな金色の髪に心から肯定の言葉を投げかける。

人を思いやる心。
気に掛ける配慮を持つと言うことは、何かに執着すると言うこと。
執着は、けして悪いことばかりじゃない。
とりわけ、『感情』というものが理解できない少年にとっては、それを知るきっかけにだってなる。
彼だって持っているはずなのだ、『感情』を。
喜びも、楽しさも、怒りも、悲しみでさえ感じてる。
そのことに戸惑いながらも、彼は成長してる。
この宇宙で最高峰の頭脳を持ちながらも、少年自身は気がついていない様だけど。

「それより!!レヴィアス様のお妃様の話よ!あんた達、傍で話聞いてたんでしょ?!」
「う、うん、聞いてたよ。」
再び話を戻した彼女に、ルノーがキラキラと嬉しそうに答える。
養い子のその姿を見て溜め息を吐きながら、ユージィンは後を続ける。
「どう見ても、あれは口が滑った感じでしたけれどね。」



3人が我に返り主人の元へ走った時、まだ彼の一の側近は固まったままだった。
そして城の城主は口元を押さえ、いかにも『しまったっ!!』というような顔をしていて。

「に、兄さま、お、お妃様って?」
その場でただ一人、無邪気に魔導士の弟子は尋ねる。
「兄さまのお、奥方様?」
「あ・・・・あぁ、そうだ。」
弟弟子でもある少年に見上げられ、希代の魔導士はまだ顔を引き攣らせながら答える。
「我のただ一人の妃のことだ。」

「い・・・・・一体どういうことですかっ?!!」

どうやらやっと立ち直ったらしい宰相は、再びがなり声をあげる。
「・・・・カイン、あまり大声を出すとみんな集まってくるよ。」
「ショナ、おまえは黙っていなさい!」
もっともな正論さえ耳に入らないらしく、銀髪の彼は主に詰め寄る。
「ご説明を、陛下!!」
「説明も何もないでだろう、先程の言葉の通りだ。」
「どこのどなたなのかと聞いているのです!」
しつこい部下に、皇帝は不機嫌そうな顔になる。

だが、彼が言っていることは間違っているわけではない。
その事は承知しているので、渋々と口を開く。

「・・・・・この間、我が言っていただろう、『異界へ行った』と。」
「ひょっとしなくても、そこの方なんですね。」
「ああ、その通りだ。」
長い付き合いで話が早い。
その分、うるさく言われるが。
「そこの『女王』なのだそうだ。・・・・身分的にも文句はあるまい。」
碧の方の瞳でちらりと銀色の髪を見る。
「『女王』、ですか?」
「ああ、そう言っていた。」
その時の少女を思い出し、レヴィアスは薄く笑う。
冷笑ではなく、ひどく優しげな表情。

「ならば、妃にというのは無理ではありませんか?」

宰相は考える。
皇帝が見初めた女性が『女王』だというのなら、その彼女には治める地があるということ。
とてもじゃないが、その上この宇宙の妃の務めまで出来るとは思えない。
―――――――――― いや。
この城にお出ましになること自体、不可能なのではないだろうか?

「・・・・我が口にしたことで、実現できなかったことがあるか?」
自信満々なその態度に、カインは頭を抱えたくなる。
「しかし・・・・・!」
「しばらくは皆に黙っていろ。」
「へ、陛下?!」
「いいか?驚かせるのだからな。」
尚も言い募ろうとした彼を綺麗に無視して、皇帝は緘口令を出す。

すっかり開き直り。
思いっきり面白そうだという表情で。



「という訳ですから、マリア、黙っているのですよ。」
言っても無駄であろうが。
とりあえず付け加える。
「ふ〜ん、女王サマかぁ。さすが陛下よね。」
なにが『さすが』なんだろう?
さっぱりわからない。
「ね、ねぇ、その方をね、『姉さま』って呼んでも怒られないかなぁ?」
「ん?・・・ああ、そうね、今度会ったら、レヴィアス様に聞いてみたら?きっと大喜びするから。」
「う、うん!」
気が早すぎる二人は、気の早い話をする。

「・・・・でも、驚いたよね。」
「ええ、まったく。・・・御自身で見つけてこられるというのは、あの方らしいですが。」
ハァッと思わずユージィンはため息を吐く。
これからの皇帝城の混乱を思うと憂鬱だ。
妃決定の報に黙っているはずがない人物など、数え切れない。
騒がしくなる。
それを想像すると、うんざりする。
「確かにおめでたいですが、面倒なこと、この上ないですね。」
「それは、自身の経験からの結論なのかしらね?」
「うるさいですね。これだから女というのは・・・」
からかわれ、彼は嫌そうな顔で彼女を軽く睨む。

「僕、お、お妃様に逢ってみたいなぁ。」
夢見るように年少の少年は、願いを口にする。
「こ、今度、兄さまが逢いに行く時、つ、付いていってもいいかなぁ?」
その言葉に、残りの3人は思わずお互いの顔を見合わせた。
そして彼の友人は言い難そうに、けれど心からの忠告をする。
「・・・・・止めておいたほうがいいよ、ルノー。」


「そういうのを世間一般では『馬に蹴られる』って言うそうだから。」