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「・・・・・冗談でしょ?」

朝食を食べながら親友が話した話に、レイチェルは信じられないと言う顔を返した。
「冗談だったらどれだけいいか。」
それを見た対面の彼女は食後のお茶にふうっと溜め息を波立たさせる。
「朝から、あんな格好見られるなんて。」
「・・・・・・・今、一番の問題はソコじゃないでしょ。」
いまいち呑気な女王に、補佐官はこっちが溜め息を吐きたくなるよと呟く。

「本当に・・・・アルフォンシアが見えてたの?」
「うん、だって、色や大きさまで言い当てたのよ。」
傍らにいるのであろう聖獣を見ながら、本来ただ一人見ることを許された少女はきっぱりと言い切った。

「見えてたわ、あの人。」


――――――――――――― そう。

元女王候補であるレイチェルでさえ、気配程度しか感じられない。
この宇宙の意志が姿を現そうと思わなければ。
選ばれた天使以外の誰にも瞳に映すことは出来ない。

そのハズなのだ。

にもかかわらず、見えたらしい。
『女王』の私室に不法侵入した『皇帝』を名乗る男には。


「で、その当の本人は?」
「帰った。」
「・・・・・・・お早いお帰りで。」
「来るのが早すぎるのよ。」
真っ赤な顔で不機嫌そうにする親友を見て、吹き出しそうになる。
「アナタ、帰っちゃったのが不満なワケ?」
「そんな訳ないでしょう?!」

断固抗議すると言った感じで、女王は頬を膨らます。
なんだかすごくムキになって否定する。
面白がってからかいが過ぎたかなと、補佐官は密かに舌を出す。

「でも・・・・・どうして見えたんだろう?」
レイチェルは口元に手を当て考える。
「わからないわ。」
「アナタにも・・・・わからない、か。」
思いっきり八の字に眉尻を下げられしまい、金色の髪の彼女は苦笑する。
「ま、わかんなきゃしょうがないよネ。・・・・・さぁ、お仕事お仕事。」



宇宙の意志が女王以外の者の前に姿を現した。
それが何故なのか、小さな獣と唯一心を交わしている者にも判らない。

その事実は、確かに不可解ではあったけれど。
レイチェルの探求心をくすぐることでもあった。
研究員としての少女の心を掻き立てた。


宇宙の意志は生まれた時、自我を二つに分けた。

ひとつは、今、この宇宙の未来を担っている者に。
そして、もうひとつは天才少女と謳われた彼女に。

心を開き、誘った。

聖獣にとって、彼女達は存在に不可欠なもの。
もちろん、いつかは次代の『女王』に心を移すのだろうけれど。
けれど、そんな寂しいことが起きるのはまだまだ先のこと。
まだ宇宙には、『ヒト』は存在してない。

『女王』の継承が行われるのは、遠い未来。
その時まで、アルフォンシアはアンジェリークと通じ依存して存在する。


ならば、なぜ?

彼女に彼の考えが理解できないのか?

・・・・・ひょっとして。
『女王』自身が無意識下に『聖獣』の考えを理解したくないと思っているのか?
否定したいと、その心を拒絶しているのか?

その仮説がもし、成立するとするのなら。
一体、何を理解したくないというのだろう?

かの偉大なる意志は、少女の心を一番に優先する。
それは、宇宙の未来と存亡に関わることだから。
その事は絶対変わらないはず。

にもかかわらず、否定したいだなんて。

ア・・・・・レ・・・?
・・・・・・・・・・否定?

少女はその金色の眉を顰める。

親友が否定したがっていることは確かにある。
真っ赤になって必死に否定することが。
そして、それは女王にとって心の平安になりかねない。

「まさか・・・・・ネ。」

口に出して、レイチェルも否定してみるが。
一度頭に浮かんでしまったそれが、消えてくれるはずもなく。
かえって真実味を帯びる。


『女王』が望んでいるのなら。
『聖獣』は叶えるかもしれない。

無理矢理にでも。

それが彼女の拠り所となる者なら。
『天使』と共に在ることが相応しい資質がある者なら。
ひいては、この宇宙にとって有益となる者なら。

桃花色の獣は誘ってしまうかもしれない。
異界の彼さえ。

必要とし、その存在を未来に組み込みかねない。


とんでもない結論に到り。
研究院の長は、思わず頭を抱える。

「それこそ、冗談でしょ・・・・」

けれど、有り得ないことじゃない。
今考えつくデータから導き出してみて、その可能性はけしてゼロじゃない。
むしろ有り得そうなことだ。

アンジェリークと意志を交わした聖獣なのだ。
彼女の幸を考えないはずがない。
それが宇宙の幸せにもなりうるというのなら、尚更だ。
アルフォンシアはやるだろう。

少女がどんなにその心を否定しようとも。


結局。
ひょうたんから駒なのか。

こんなことになるんなら、からかうんじゃなかった。
まぁ、からかわなくても結果的には同じ事なのだろうが。
自覚を促していたかもしれない。
未だ、本人は認めてはいないけれど。

――――――――――― いや。

認めたくないのだろう。
自分の彼に対する、その感情を。


「どうしようかなぁ・・・・・」

今度こそ溜め息を吐きながら、レイチェルは悩む。

彼女が想像したことは、このままほっとけば起こりうる未来だろう。
別にそれならそれで構わないという気もしないでもないけれど。

親友の為に数え切れない人間を不幸にして、いいものかどうか。
決断を下すのは、もちろん彼女ではないけれど。
決断を下す者にこの事を気付かせるのは、やっぱり補佐官である少女だから。

もっとも。

このことを知れば、女王が選ぶ道はひとつだろう。
誰かを、それも無差別なほどの誰かを。
犠牲にして、自分だけ幸せを得ることは良しとしない。
どんなに切実に、それを願っていたとしても。


「黙っては・・・・・・いられないよネ。」

回避するにしろ。
甘受するにしろ。

ハァッと最大級の息を憂鬱に吐き。
椅子から立ち上がる。
女王の執務室に行く為に。


「まったく・・・・・厄介だよネ、ヘンなのに気に入られると。」