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「どうした?」


またしてもアンジェリークの宇宙にやってきたレヴィアスは、彼女を外に連れ出した。
そして草の上に共に座っている少女に何故かじぃ〜っと凝視され。
訳も判らず、けれど不遜な笑みを浮かべ尋ねた。
「・・・・・・なんでもないわ。」
そんな彼の表情から目を離して、少女は傍らでちょこんと座り自分と『客人』の様子をご機嫌に尻尾を振りながら眺めてる聖獣に移す。

別に欲しくないわよ?

そう心で伝えてみるが。
気も留めずに尚も尻尾を振っている。
その様子に小さく溜め息をつく。

レイチェルが言っていた事。
あれは本当なんだろうか?
確かに彼が来た時は、根詰めて執務に取り組む合間の気分転換にもなっているが。
それと同時にぜんぜん執務が進まない原因にもなっている。
けれどその強引な態度にも本気で逆らってない事実は、本当に自分は彼に対してそういう望みを持っていると言うことになるのか。

・・・・・そんな訳ない。
彼の立場の少しは理解できるけど。
それとこれとは別の話。
欲しくなんか・・・・・・

「本当にどうかしたのか?」
「きゃっ!」
突然、至近距離で尋ねられ。
ぎょっとして、後ろに身を反らす。
考えに耽っていて、近づかれた事に気が付かなかった。
「な、なんでもないって、言ってるじゃない。」
ドキドキと盛んに働く心臓を静めながら、彼女は重ねて思う。

本当にこの人なんていらないわよっ、アルフォンシア!


「そうか?」
彼女の態度に納得いかなかったが、無理矢理尋ねても仕方ない。
頑なになるばかりで答える訳がないだろうから。
「何かあるなら言え。我が力になれるならな。」
そう言うと、蒼い瞳は丸くなる。
そして、ぱちくりと瞬きをした。
「変な事、言ったか?」
「う、ううん・・・ちょっとびっくりしただけ。」
「なぜ驚く?」
不可解な少女の返答に、レヴィアスは眉を顰める。
「ごめんなさい、本気でわたしの心配をしてくれてるだなんて思ってなくて・・・・」
真っ直ぐに謝られて、彼は怒るどころかかえって心配になり。
その小さな体を引き寄せ、抱きしめる。
「あっ、あの・・・・」
「我では役に立てぬ事か?」
耳元で囁くように尋ねられて、アンジェリークは頭に血が昇る。
「ほ、本当に、なんでもないから・・・・・そんなに哀しそうにしないで。」
なんとか少し身を離し、彼を見上げた。
そして金と碧の瞳には、寂しげな色が宿っていた。
胸が痛むほどの。

「あなたこそ、今日は変よ?いつもだったら・・・・・」
「キスの一つでも試みてる、か?」
腕に力を込められ、再び少女の体は青年に密着する。
そして目の前の口元には高慢すぎる笑みが浮かんでいた。
「ちょっ、なっ?!」
油断した。
彼の策略に引っ掛かったというべきか?
だが、笑みが苦笑いに変わったのにすぐ気付く。
「すまない、城中の者におまえの事を知られた。」
「・・・・・え?」
その告白に一瞬呆気に取られ、押しのけようとしていた腕から力が抜ける。
「ど、どういうこと?」
「我の妃だとな。部下には黙っているように言ったのだが。どこからか、広まってしまったらしい。」
「なんですってっ?!」
「安心しろ。ここに奴等が押しかけるような事だけはない。」
真剣にそのことだけは伝える。

我が宇宙の者をここには来させやしない。
何者も少女を傷付ける事は許さない。
なにがあっても、自分が彼女を守るから。
何を犠牲にしても、それだけは絶対に。

だがその決意は、決して口にせず。
彼は『いつも』どおりに笑い、自分の胸に着かれたままの力の抜けた少女の手を取って指先にくちづける。
「おまえは我だけの者だ。誰にも逢わせやしない。」
「だ、誰があなたの者よ?!」
アンジェリークは真っ赤になり、自分の手を青年の口元から離す。
「わたしは、あなたの者じゃありません!」

敖慢な態度。
なのに恥ずかしいばかりで。
本当は、ぜんぜん腹が立ってないのはなぜだろう?

―――――――――― 欲しくなんてないわ。

まるで自分に言い聞かせるように、繰り返し少女は思う。
そのこと自体、自らが自覚を促している事に少しも気付かないで。
・・・いや、気付かぬ振りをしていた。
女王である為に。

それが尚更、聖獣に行動を起こさせている事には。
本当に気付かずにいたけれど。


「触って良いか?」

「えっ?!」
その言葉にまたしてもぎょっとして、だが未だ自分が彼の腕の中だという現実に彼女は焦りながらも首を傾げる。
「な、何に?」
「その、獣だ。」
傍らを指差されて、アンジェリークは今更ながらに驚く。
「本当に見えるのね・・・・・」
「おまえには見えぬのか?」
「見えるけど・・・・ううん、なんでもないの。」
言いかけて、少女は首を振った。
その様子が青年の気に掛かるが。
「触って良いか?」
もう一度尋ねてみる。
「うん・・・・もし触れるなら、だけど。」

意味が判らない。
いるのだから、触れるのは当然の事ではないだろうか?
それとも、この小獣は驚くほど素早く触れようとする自分の手から逃げ出してしまうのだろうか?
なんにしても、意地でも触るが。

「アルフォンシア、おいで。」
女王は力が緩められていた腕から抜け出し、聖獣を呼ぶ。
そして、それを抱き上げて彼の方に頭を向けさせる。
「はい。いいわよ?」
促されて、レヴィアスは恐る恐る手をその小さな頭にやる。
柔らかな毛の感触が指に伝わって。
不遜なはずの皇帝は、ふっと微笑む。
「アルフォンシアというのか。おまえが付けたのか?」
「え?ええ、もう遠い昔の事のようだけど。」
何故か寂しく微笑まれ。
何か悪い事を言ったのだろうかと、眉を顰める。
「本当は、もう一匹いるの。色は違うんだけど・・・・」
「そうか。」
その言い方もまた、彼の心に引っかかった。
けれど、少女に抱かれた獣の朱色の瞳に見つめられている事に気が付き、口の端を上げる。

「おまえに似ているな、この獣。」

「似てる?」
「不躾なくらいに、じっと我を見上げてくる。」
「なっ・・・・・?!」
言われた自分と聖獣の共通点に、アンジェリークは頬を紅潮させて一瞬言葉に詰まる。
「そっ、そんなことしてません!!」
「クッ、そうか?」
ニヤリと笑われて、少女は頭がクラクラするぐらいに血を昇る。

本当に欲しくなんてないってばっ!!

彼女は腕の中の分身を思いっきり抱きしめる。
そして、これ以上ないくらいにしつこく伝える。


だって・・・・
だって四六時中こんなふうに言われていたのなら。
きっと身が持たないだろうから。