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・・・・なんだ?

飼い主に強く抱きしめられて尚も自分を凝視する小獣に、レヴィアスは首を傾げる。
そんなに自分は気に入られてしまったのだろうか?
まるで見透かす様なその朱い瞳に、不思議な感覚が寄せる。

引き付けるというか、引き寄せるというか。

うまくは言えないが、普通の獣が出来るようなものではない視線。
『女王』が飼っているのだから、そんじょそこらの生き物ではないのかもしれないが。


ぎゅ〜っと聖獣を抱きしめていたアンジェリークは、そんな青年と自分の胸の中の半身と見詰め合っている姿に気が付いてぱちくりと瞬きをする。

いったい何してるんだろう?
まさか、アルフォンシア、この人を値踏みしているんじゃ・・・・

そういう考えが浮かんで思いっきり焦る。

「ね、ねぇ?」
「・・・・・ん?」
気を逸らそうとして話掛けるが、顔をこちらに向けた彼に何を言っていいのか判らない。
「え〜っと・・・・そ、そう、わたし、あなたのこと何も知らないわ。」
無理矢理に思いついた質問は、墓穴を掘っていることに間違いないのだが。
それでも、他に聞くことを思い付かなかった。
「あなたがどこかの宇宙の皇帝だってことしか知らない。そこがどんなところなのかも、知らないもの。わたしの宇宙のことは褒めてもらえるのに、なんだか・・・・」
不公平な感じがする。
獣を抱いたまま眉を寄せて見上げる少女に、青年も眉を寄せる。

出来ることなら言いたくない。
自分の宇宙のことは。
けれど、帝妃にと本当に望むのなら、話さない訳にはいかないだろう。
いつまでも真実を隠すことは出来ない。

「そう、だな・・・・こことは、比べ物にならないくらいうるさいな。」
「うるさい?」
「風の音も、それに揺られる葉音も聞こえぬ。」
木々がない訳ではない。
けれど、どこか作られた感じがする。
人工的なのか、それが祖の魔導なのかは判らぬが。
少なくとも、彼には自然なものには見えなかった。
「あまりにうるさすぎて、心休まる暇もない。」
小さく自嘲した姿に、アンジェリークは首を傾げる。
「自分の宇宙が・・・・・好きじゃないの?」
「・・・・かもしれぬ。」

驚いた。
寂しげに呟かれたその言葉に。
彼女にとって『宇宙』とはいとおしいものだったから。
ましてや、その意志は自らの半身なのだ。
好きとか嫌いとか、そういう感覚は越えてしまっている。

「ただ先帝の正妃の子というだけで、なった皇帝だったからな。愛着などある訳がない。もっとも・・・・その座を手に入れることにさえ、色々と邪魔が入ったが。」
思い出しても苦々しいだけの過去に彼は頭を振る。
「その上、手に入れた今も、いつ奪われるか判らぬしな。」
「そう・・・・・」
あまりにも自分と違い過ぎるその立場を聞き、少女は俯く。
その女王に皇帝は唇を噛む。

こんな話程度のことで、心を痛めてしまうのだ。
それを間近で見た時、どうなってしまうのだろう。

「我の為になど泣くな。」
涙さえ浮かべる彼女の頭を自分の胸に引き寄せる。
「確かに、おまえほど自分の宇宙に心を砕いてはいないが・・・・別に嫌なことばかりではない。」
だから平気だ。
安心させるように微笑む。
「おまえはどうなんだ、アンジェリーク?」
「え?」
「どうして、女王になったのだ?」
色の違う瞳に問われて、彼女はあの頃を思い出す。

聖地での出来事。
尊き方々との出逢い。
数々の想い出。

けれどそれの全てを彼に話すことは許されない。

「・・・・選ばれたの、女王候補として。」
言葉を選び、話し出す。
「レイチェルと一緒にね。それで試験をして・・・・女王になったの、わたし。」
「では、それまでは普通の女だったのか?」
「うん・・・・なんの力もない女子高生だったわ。」

―――――『力』。
多分彼が理解するとすれば、それは『権力』であることは明白であったけれど。
『女王のサクリア』だとは言えない。
わざとぼかすしかない。
口にすれば、本当に巻き込むことになるかもしれなかった。
そんなことをしてはいけないと思うから。

「・・・・・おまえは肝心なことは話さぬのだな。」
低い声で呟かれた言葉に、アルフォンシアを抱く腕に力がこもる。
「な・・・・にを?」
「誰に選ばれたとか、何故選ばれたのかとか、誰がそんな大それた試験をしたのだとか・・・・言わぬのだな。」
「・・・・・ごめんなさい。」
素直に隠しごとがあると認める少女に、レヴィアスは苦笑する。
「謝るな。別に責めている訳ではない。」

愁う姿さえ、愛おしい。
自らがそうさせていると思うと、罪悪感はあるが。
同時にそれは、独占を意味していることに気が付いている。
征服感さえ感じる。
自分のことを考え想い、その表情をさせているのだから。

「それにしても・・・レイチェルとかいったか、それはこの間の女なのだろう?」
「そうよ。今はわたしの補佐をしてくれてるの。」
「よく側に置いておけるな。・・・・我だったら、置いては置けぬ。」
ずいぶんと酷いセリフ。
けれど辛そうな口調に、アンジェリークは言葉を紡げなかった。
「女王の座を奪われるとか考えぬのか?」
「・・・・・だって、友達だもの。」
彼の言いたいことに気付き、口に笑みを浮かべる。
「『女王』とか『補佐官』とか言う前に、親友だから。」

信じてる。
もとより『女王』を奪われることはないのだけど。
もし奪われるものだとしても、彼女がそれをするとは思えない。
自分が本当に女王に相応しいのか、それは今でも判らない。
けれど、認めてくれていると思う。
自分を。

「親友か・・・・・」
微笑んだ少女に、青年は戸惑う。
「我には・・・・・他人をそんなに信じることは出来ぬな。」
「誰も、信じられないの?」
「少なくとも、我には『友達』と呼べる人間はいないであろうな。」
機嫌を取り、時として裏切る人間ならごまんといるが。
彼女のように心を預けられるような者はいない。
「我はおそらく、自分のことさえ信じてないんだろう。」
腕の中の少女に寂しげに笑う。

そんな自分を見せるのは怖かった。
厭い嫌われてしまう可能性は多々あった。
弱いところを見せるのは、嫌だった。
だがその反面、本音を吐き出してしまいたかった。
少女にだけは、知っておいて欲しかった。

「信用に足る者も、そんなに多くはないしな。」
歪められた顔で告げられた真実に、アンジェリークはまた一度俯く。
けれどすぐに顔を上げて笑う。
「でも・・・・その人達はあなたのこと、好きなんでしょう?」
「何?」
言われたことをとっさに理解できず、レヴィアスは眉を顰める。
「だって、自分のことを好きだと思ってくれない人を信用も信頼も出来ないわ。」

その言葉に彼は目を見開き。
クッと笑う。

「だったら・・・おまえは我を信じてくれるか?」
「え?」
言われた意味を図りかね、彼女は首を傾げる。
「我を好きだと思ってくれるか?」
今にも触れそうなくらい顔を近づけられ面白そうに更に重ねて尋ねられて、一気に顔が赤くなるのを自覚する。


「もうっ!調子に乗らないでよ・・・・・・・バカァッ!!」