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黒く垂れ込んだ雲が覆い尽くす聖地の空。
いつもは柔らかな光が射すこの地も、今日は暗く沈んでいた。


「後宮・・・・・?」

久々の雨に執務室からテラスへと続くガラス戸の前で外を眺めていた少女は、客人の言葉に振り返る。
そこには尋ねた彼がソファーに無遠慮に座り、彼女を見ていた。

「ああ、この宮殿にはないのか?」
「この間言ったでしょう?わたしは試験で選ばれたって。」
その質問の意味するところに少し赤面しながら、アンジェリークは自分の椅子に座る。
「『女王』は血で選ぶことが出来ないの・・・もちろん、ある程度は血筋もあるのだけれど。」

少女の故郷の宇宙の尊き方達の中には、サクリアを持つ者が生まれやすい家系の出もいた。
けれど大半は、思いがけなく力を授かった人達ばかりだ。
もちろん、それは彼女自身も含めて。

「だから、後宮は必要ないのよ。それに当分・・・・代替わりもないと思うし。」
「そうか・・・・」
相変わらずあやふやな答え方をする少女に黒髪の青年は眉を顰めながらも納得する。
「ま、そうだな。血を残すと言う点において、女王では多くの男を相手しても仕方ないだろうしな。」
「なっ?!」
「それにおまえ自身も、我さえいれば充分だろう?」
絶句している彼女にクッと笑い、彼は目を細める。
「そっ・・・あなただっていりませんっ!」
「そんなことはないだろう?」
「ありますっ!だっ、だいたい、わたしにそんなことを聞くってことは、あなたのお城にはあるんでしょう?!」
「気になるか?」
「なっ、なりませんっ!」
真っ赤になって否定する姿に立ち上がり、レヴィアスは机越しに近づく。
「ち、近寄らないでよ。」
その行動にぎょっとして、思わずアンジェリークは椅子に座ったまま後ずさりする。
「おまえが我の傍に来ないから、我がおまえの傍に寄るしかないだろう?」
「あっ、あなたの傍に寄るとろくなことがないものっ!」

突然抱きしめられたり、キスされたり。
その全てが望んだことではないのに。
なぜか、ついうっかり隙を見せてしまい。
好きな様にされてしまう。
ならば、彼が手の届く範囲にいなければいい。
・・・・・不思議を操る人相手では無駄かもしれないが。

「我はおまえの傍にいると、幸せだが?」
「えっ・・・・?」
彼は重厚な机の縁に腰掛け、目を丸くして見上げる少女の手を引き寄せ口付ける。
「安心しろ。確かに我の城にも後宮はあるが、我の妃は一人もおらぬ。」
白い指に口を寄せたまま、小さく笑う。
「我が選んだのはおまえだけなのだから、当たり前だがな。」
「あっ・・・・なっ・・・・ちょっ・・・」
艶っぽく囁かれ、アンジェリークは思いっきり動揺してしまう。
「そっ、そんなこと言われても、わたし・・・・・」
困惑した少女がそう言いかけた時。

窓の外で閃光が走り。

「きゃぁっ!!」

耳を劈く轟音が鳴り響いた。


きぃーんとした余音が耳から消えかけ、アンジェリークはほっと強張わせていた体の力を抜く。
「アンジェリーク・・・・・おまえ、雷が怖いのか?」
だが頭の上から聞こえてきた声に、少女の顔からさーっと血の気が引く。
とっさのことで我を忘れて目の前の人に縋り付いてしまったことに気付いて。
「あっ、あの・・・・」
何とか言い繕おうと口を開こうとするが、再び稲光が背後で走ったのを感じ身を竦める。
「何がそんなに怖いんだ?」
「りっ、理屈じゃないわよ・・・・」
尋ねる声が呆れを帯びているような気がして、彼女はぎゅうっと眉を寄せる。

もちろん、落ちさえしなければ何の害もないことは知っている。
そして『女王』である自分の側に落ちることがないのも。
この宇宙とその意志が『女王』を傷付けるような真似をするはずがない。
レイチェルにだってそう言われた。
けれど、誰がなんと言おうと怖いものは怖いのだ。
仕方がない。

「・・・・・・・・判った。」

縮こまって小動物のように脅えている少女に、青年はクッと喉を鳴らす。
「では、鳴り止むまでこうしていてやろう。」
「えっ?」
やっと顔を上げた彼女に笑ってみせる。
「おまえが我に助けを求めたのは初めてのことだな。それに、自ら抱き付いてきたことも、な。」
余程怖いのだろう、涙目の蒼白な頬に軽く慰めのキスをする。
そして、驚いて我に返った彼女をいとおしげに胸に閉じ込めた。

たとえ無意識にでも縋りつかれ、喜びを感じた。
それが恐怖から来るものであっても、頼る者と認められたことに相違ないから。
だから、嬉しかった。
求める者に、初めて存在を求められたことが。
それも少女が恐れるはずの『雷』を封じた指輪を持つ者である自分に。

「ちょっ、はなっ・・・・・」
その抱擁に、茶色い髪の少女は慌てふためく。
「待て、油断してるとまた・・・・・」
「きゃっ!」
そこから逃げようと努力してみるものの、見計らったように雷鳴が響きまた大きな体に取り縋ってしまう。
「おまえの弱みに付け込むような真似はせぬ。」
溜め息と共に呟かれた言葉に、アンジェリークは下から恐る恐る覗き込む。
「・・・・・本当、に?」
「ああ・・・・・」
いまいち信用してなさそうな表情に苦笑し、レヴィアスは彼女を腕の中に閉じ込める。
「今ここでなにかせずとも、おまえが我の唯一の妃であることにはかわらぬしな。楽しむことはいつでも出来る。」
「あ、あの・・・・・・だから、わたし、そんなこと言われても・・・・」
「いちいち気にするな。・・・・・今は、黙って我に頼れ。」
自分の言葉に細々と戸惑う少女に、青年は安心するようにと優しく抱きしめる。


「うん・・・・・ありがとう。」