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「で?雷が鳴ってる間、ず〜っと抱きしめてもらってたワケね・・・・・・」
夕食時。
昼間のことを不本意そうな顔で告白するアンジェリークに、レイチェルは頬を染めながら呆れる。
少女はあの時、研究院にいた。
今現在の気象データなど外を見なくても判り、雷雲が近づいていることも朝の時点でもう知っていた。
だから、必要以上にそれを怖がる親友に元へ行きたかったのだが。
あいにくこちらの仕事も立て込んでいて、宮殿に戻ることなど出来なかった。
しかし研究員が持ってきた報告を聞き、研究院の長は少し考え込む。
・・・・・彼がいるなら大丈夫でしょ。
完璧とまではいかなくても、『何処かの誰か』が尋ねてきたことを感知できるようになっていた。
そしてその知らせに少し肩を竦めながら、結論を出す。
別の意味での心配は確かにあるのだが、それでも彼に任せるより他にない。
とりあえず、見知った誰かが傍にいれば彼女も安心できるはず。
レイチェルはそう思い、研究者としての仕事をこなしたわけなのだが。
「べっ、別に好きでされてたわけじゃ・・・・・」
「ハイハイ・・・・・」
知らない誰かが聞けば、彼女の話は単なるのろけにしか聞こえない。
いや、事情を知っている者にさえのろけに聞こえてしまう。
なのにそうじゃないと否定する女王に、補佐官が苦笑いで頷くしかない。
「・・・・・・信じてないでしょ?」
その心中を見抜いたのか、アンジェリークは蒼い瞳でじぃっと親友を睨む。
「そ、そんなことナイよ・・・・・」
それをレイチェルはアハハと笑い、ごまかす。
のろけだろうが、なかろうが。
この宇宙の意思に気に入られた時点で、彼は彼女に好かれているのに相違ないわけで。
それがどんな種類のものであろうと。
だからどんなに首を振ろうと無駄だと思うのだが。
それでも必死にその気持ちを拒否する親友の姿は、とても可愛いと思う。
けれど・・・・いじらしくもある。
もし彼女が『女王』じゃなかったら。
いや、彼が『皇帝』でさえなかったら。
ここまでその想いを無理に断ち切ろうとはしなかっただろう。
素直にその手を取っていたかもしれない。
あの黒髪の青年の気持ちを受け取っていたかもしれない。
あくまで、それはレイチェルが考える仮定でしかないけれど。
もっともその仮定が現実だったら、好きにならなかったのかもしれない。
めぐりめぐった偶然の重なりが、今の現実なのだから。
「でもさ、別に何もされなかったんでしょ。少しは信用できたんじゃないの?」
「そりゃ・・・・まぁ・・・・・少しは。・・・・・・で、でも本当に少しよ!」
親友の質問に、アンジェリークは渋々認めそれでも往生際悪く付け加える。
「近づかないでって言ってるのに傍に寄ってくるし、すぐ触るし、抱きしめようとするし。」
けれど、それもやっぱり他人にはのろけているようにしか聞こえない。
無自覚と言うか、無意識と言うか、それともこの場合は意地と言うべきなのか。
「あんな人・・・・・キライよ。」
明らかに嘘だと判ることまで付け加えて俯く女王に、補佐官は小さく溜め息を吐く。
自分の気持ちを認めないのは、照れもあるのだと思う。
ずっと女子校だったのだから、言われ慣れてないというか言い寄られ慣れてない面もあるのだろう。
まぁ、故郷の聖地にいた頃はそれに近いこともあったのだが。
いまいちニブい彼女は、それを挨拶だの善意だの社交辞令だのと片付けて。
というか、無条件に好意と信頼を寄せてくる小さな聖獣のことしか目に入ってなかったような気がする。
だから自分を見つめる相手を異性と認めただけでも、充分成長しているのかもしれない。
けれど、気が付いているのだろうか?
認めないのは、相手を想ってのこと、という意味も秘めていることに。
好きだからこそ、自分と同じ道を歩ませたくないという気持ちに。
その、感情とは裏腹な心に。
・・・・・気が付いて、ないんだろうネ。
ホント、優しすぎるんだよ、アナタは。
食後のお茶を飲みながら、レイチェルは小さく嘯く。
しかし、それでもそのことを認めろと強制することは出来ない。
もちろん出来ることなら、幸せになって欲しい。
それは親友として本当の気持ち。
けれど、彼女は『女王』だから。
その彼女を想う彼は『皇帝』だから。
何かを、誰かを、犠牲にしなければ、想いが叶うことなどないから。
それを優しい少女が無意識に躊躇うのは当然のことで。
自分を犠牲にしようとするのは、当たり前の流れ。
けれど反対のことを考えれば。
本当にこの宇宙のためだと思うのなら、聖獣の意思に従うべきだろう。
生まれたばかりのここにとって有益となるあの黒髪の青年を導くこと。
それだって、充分『女王』としての務めなのだ。
何も間違ってはいない。
そのどちらも至極正しい道。
そしてどちらを選んでも、どこかアンジェリークの心を犠牲にしてる。
何が彼女の幸せとなるかなんて、簡単には答えは出ない。
だから今すぐここで選択しろと、レイチェルには言えない。
「ま、でも好かれて悪い気はしないでしょ?」
「うっ・・・・それは、そうだけど。」
でも彼を『好き』な気持ちぐらいは、認めてもいいと思う。
それだけは少女自身の問題だと思うから。
『女王』も『皇帝』も関係ないと思うから。
「だったら、もう少しだけ付き合ってあげなよ。・・・・・もう少しだけ。」
せめて自分の気持ちが認められるようになるまで。
ただし、それは。
その時まで彼の時間が許せば、の話なのだけれど。