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「に・・・・・レ、レヴィアス様!お、お帰りなさいませ!」
皇帝城の赤絨毯の上。
遠くに敬愛し慕うこの城の主の姿を見つけ、水色の髪の少年は笑顔で出迎える。
もっとも、その彼ももう一人と連れ立ってちょうど帰ってきたところだったのだが。
「ルノーとウォルターか・・・」
その声にさして喜んだ様子も気分を害した様子もなく、ただただ無表情に皇帝はそこにある者を認める。
「こんちは、陛下。」
「ああ。」
覇者に対する礼儀に適っているかどうかはともかく、ぺこりとお辞儀する少年達にレヴィアスは小さく頷いた。
多少無礼であろうとも、やたらと煩く無駄な小言ばかりを言う誰かよりはマシ。
もちろん、その小言もなんの役に立ってないわけではないのだが。
指図されるのは性に合わない。
その誰かが聴いたらさすがに泣き出しそうなことを思っているとは露知らず、彼らは主の元へ参上する。
だがその主は二人に何かを見咎め、眉を顰めて口を開く。
「おまえ達、」
「は、はい?」
「服が汚れているぞ。」
「え・・・・・あっ、すいません。」
粗雑な少年が慌てて自分と年少の彼の服をバシバシと乱暴に掃った為に辺りに埃が舞い上がり、レヴィアスは僅かに眉を寄せる。
だが不興を買ったことに気付かず、少しの悪気もないウォルターは頭を掻きながら言い訳する。
「ちょっと川岸で遊んでたんで・・・・・」
「川岸だと?」
「は、はいっ!」
片眉を上げ怪訝そうにする『兄』に、ルノーは興味を持ってもらえたことに嬉しくて思いっきり頷く。
「ぼ、ぼくのこ、故郷の・・・・」
「ノーグか?」
「は、はい・・・・シーヴァのぼくのい、家の近くにある、か、川の岸です。」
そんなにっこりと笑って返事をする年少の少年に首をすくめて、黒い瞳の少年は不満と補足を口にする。
「たまたま俺が休みだったんで、ユージィンに子守りを押し付けられたんすよ。まぁ、行き帰りの手段はもちろんルノーの魔導だったんすけど。」
「ショ、ショナも誘ったんですけど、『イヤだ』って・・・・どうしてだろう・・・・・?」
同じ星の出身の親友のそっけない返事を思い出しながら、少年は首を傾げる。
その様子にもう一人の少年は心底イヤそうに呆れる。
「おまえ・・・・んなこと、したのかよ。イヤがんに決まってるだろ?」
「そ、そうなの?」
「おまえみたいにそうそう故郷に帰りたがるようなお気楽な奴らばかりじゃねぇんだよ。」
おそらく彼らの中で唯一帰る場所があるルノーを、ウォルターは小突く。
皇帝が外遊中に見つけた者。
もしくは、彼に自ら付き従う者。
そのほとんどは、故郷を捨て、家を捨て、もしくは見放された者。
帰る場所がない者。
ルノーのように魔導の才を見出され、家族に見送られた者など他にはいない。
それでも純粋がゆえに、癒せない過去の傷が絶えず幼い彼にのしかかっている。
暇さえあれば礼拝堂で祈り、時間が許せば故郷へ帰るのが、その証拠。
「それより、陛下に土産があんだろ。」
「あっ!」
年長の友人の言葉に思い出し、少年は腰の革袋を探る。
「土産?・・・我に、か?」
「は、はい・・え、えっと、に・・・レ、レヴィ・・・・」
「別に『兄さま』でも構わん。」
呼びにくそうな様子を認め、レヴィアスは幼い彼なりの尊称を許す。
「兄さま、これ、川で見つけたんですけど・・・き、キレイだったから・・・・」
その言葉にほっとした魔導士の手には、親指の爪ほどの蒼い石。
原石であるが為に多少の曇りはあるが、磨けば美しく輝くだろう。
だが皇帝は、その色に石の価値以外のものを見出し重ねる。
「兄さま?」
無表情だった金と緑の瞳がふっと柔らかくなり、ルノーは手を差し出したままきょとんとする。
同様に見たこともない表情を浮かべた主人に、ウォルターの方は気味の悪いものを見た気分になる。
「あ、あの、どうかしたんすか?」
「クッ・・・いや、なんでもない。・・・・これはありがたく頂いて置こう。」
小さな手から献上品を取り、レヴィアスは掌の中でそれを転がす。
さも愛おしげにひどく優しげなその仕草を見て、幼い少年は恐る恐る尋ねる。
「あ、の・・・に、兄さまは、今日も姉さまのところへ、い、行ってたんですか?」
「ん?・・・・・ああ。」
「や、やっぱり、そうだったんだ・・・・・」
口の端を上げ頷いた彼に、ルノーは嬉しそうに笑う。
亡くなった兄に良く似たこの方は、最近とても表情豊かで。
そしてとても幸せそうに見える。
きっと妃にと決めた方のおかげだと、小さな彼は思う。
どんな人なんだろう?
色々と想像してみるが、魔導の師匠のところにいるのは男ばかりで。
身近にいる女性と言えば、母親とリディアとマリアぐらい。
普段はあまり会うことが出来ず、その上言葉が極端に足りない『兄』から『妃』の容姿や人柄など恐れ多くて訊けるはずもなく。
少年が明確に彼女を頭の中に描くには、あまりにも情報が足りない。
でもきっと誰よりも優しい人。
尊き地位にあるというだけではない理由で、誰もが近寄りたがい方。
その人にこんなにすごい変化を与えたのだから。
そう、きっと、例えるなら、大聖堂の天使様の像の様な。
神様の像のように雄大ではないけれど、優しく見守っているその姿。
そんな人だと思う。
「ルノー、何か褒美をやろう。」
「え?」
にこにこと無邪気に見上げる少年に、レヴィアスは蒼い石の代価を提案する。
「何が良い?」
「で、でも・・・・」
「言ってみろ。何でも良いぞ。」
突然の申し出に戸惑い吃る彼に、不可能がないと信じるこの宇宙の主は重ねて尋ねる。
「ルノー、せっかくくれるっておっしゃってんだから。なんかあんだろ?」
「え・・・う、うん・・・・」
ウォルターにもせっつかれ、小さな褒章者は恐々と頷く。
「そ、それじゃあ・・・・・」
そしてかねてからの望みで、かつて親友に止められたことを、幼き魔導士は皇帝に願い出るのだった。