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「生態系は似てるみたいだね・・・・・」

親友が皇帝陛下の『妃』の庭から萎れないよう魔導を施し戴いて来たという植物を丁寧に検分しながら、ショナはポツリと呟く。
「そ、それって、やっぱり薬草な、なんだよね?」
「うん・・・詳しくは調べてみないと判らないけど、葉っぱの形や色だけじゃなく成分的にも酷似してると思う。・・・・わざわざ僕の部屋まで持って来てくれてありがとう、ルノー。」
「よ、よかった、ショナが、よ、喜んでくれて。」
研究材料になると礼を言われ、机の横に置かれたベッドにちょこんと座った少年はにっこりと微笑み返す。
「あんた達、そんな草の話はどーでもいいのっ!」
「ぅあっ?!」
しかしいきなり隣にいた少女に肩を捕まれ力強く揺すられて、目を回してしまう。
「ルノー、お妃様に会ったんでしょっ?!どうだったの?!ねぇっ!」
「マリアちゃんったら、そんなに振り回したら、しゃべれないってば〜。またユージィンに怒られちゃうよ、「ルノーの無垢な魂を乱暴者の手で汚さないでください。」ってね〜♪」
くすくすと笑う声に心底嫌そうな顔をして、マリアはまだクラクラとしているルノーを自分とその彼の間にしてベッドの端に隠れる。
もっとも端から菫色の瞳で見ている少年には全然隠れているように見えなかったが。

「な、何であんたがここにいんのよ?」
「だってヒマなんだも〜ん。それにね、膝突き合わせて話し合おうって言ってるのに、マリアちゃんが逃げちゃうからさ。僕って、逃げられると追いかけたくなるんだよね〜。」
「イヤだって言ってんでしょっ!」
面白がってからかう青年とそれをぎゃぁっと叫んで嫌がる少女の間に挟まれ、ようやくぐるぐると回っていた思考が戻ってきた少年はきょとと二人を見比べる。
「に、兄さまも姉さまとそうやって、お、お話してたよ。」
思い出し嬉しそうなその言葉に、今度はルノー以外の3人の思考がそれぞれに一瞬凍りつく。
「へぇ〜、陛下にケンカ腰なんて、大した娘だねぇ♪」
「・・・・・・そうだね。」
「それじゃ、僕にも勝算はあるかなぁ〜。ねぇ、マリアちゃん?」
「ないっ!これっぽっちもないっ!」
今にも暴れ出しそうな海軍副司令官に、自分の部屋を荒らされる予感がしたショナは小さく溜め息を吐く。

「・・・・・・・・・話を戻そうよ。」

「マリアちゃん、さっきコレのこと、「どーでもいい」って言ったよね。」
「うん・・・・・言ったけど?」
植物を手に確認する神学生に、マリアは頷く。
「どーでもいいってことないよ。レヴィアス様がその方を本当に妃にするのなら、人としての生物学的な仕組みが二つの宇宙間である程度は似てないといけないと思うし。」
「・・・?どういう意味?」
考えるよりも先に手が出る彼女には宇宙最高と謳われる頭脳を持つ彼の言いたいことが理解できず、眉を顰め首を傾げる。
「ふふふ・・・・つまりさ、マリアちゃん。ショナはレヴィアス様とその方の間にお子様が出来る可能性があるかどうかって心配してるんだよ。」
「え゛?」
「レヴィアス様は困らないかもしれないけど、みんなは困るんじゃないかな・・・・レヴィアス様の様子からすると大丈夫そうだけど。」
巻き毛の彼の言葉に瞬間的に沸騰した少女を尻目に、問題発言をした少年は淡々と言葉を紡ぐ。
「まぁ、それは問題点の一つであってすべてじゃないけど・・・・こことそこでは常識も習慣も違うだろうからね。」

「あ・・・・そ、そういえば・・・・・」
黙って親友の話を聴いていた年少の少年は、何かに思い当たり口を開く。
「な、何?なんかあったの?」
ショナの言葉にすっかりビビッてしまったマリアは、恐る恐るルノーに尋ねる。
「ね、姉さま、兄さまと僕のこと、ま、『魔法使い』って・・・・僕、ま、魔導士なのに、でも兄さまも、そ、それでいいって・・・」
「あはは、そりゃ仕方ないよ。ねぇ〜、マリアちゃん?」
「なんで、あたしに話振んのよっ!」
確かに『魔導』の原理は何度説明されてもいまいち判らないが、それでも少女は同意を求められ腹を立てる。
「まぁ・・・・『魔導』は理論立てて説明できることだけど、理解しにくい部分もあるしね。だから、いっそのこと『魔法使い』って説明した方が簡単だよ。レヴィアス様、そういうのうまく説明するの苦手だろうし。」
「レヴィアス様なら、もっぱら『悪魔と契約した魔法使い』ってとこかな〜♪」
「ジョッ、ジョヴァンニ!ひ、ヒドイよ、に、兄さまは悪魔なんかと、し、知り合いじゃないよぉっ!」
子犬のように皇帝を無条件に敬愛し尊敬する少年は頬を膨らまして抗議する。
「・・・・ルノー、この場合の『悪魔』は『説明つかないもの』という意味だよ。『魔法』は、『魔導』と違って明確に説明つかないものだからね。『悪魔』でも『神』でも同じコトだよ。」
ポカポカとジョヴァンニを叩いていたルノーは、ショナの言葉にそれを止める。
「そ、それじゃあ、『天使様』でも、い、いいの・・・・?」
「天使・・・・?」
戸惑いがちに確認するその言葉に、マリアは瞬きをして尋ねる。

「う、うん・・・・だって、ね、姉さま、僕の想像したと、とおり、天使様みたい、だ、だったんだ・・・・姉さまの国も、か、神様の国みたいに、き、キレイな、とこだった・・・」
初めて会った自分にも優しく接してくれた人を思い出しながら、唯一皇帝の『妃』にあった少年はにっこりと頷く。
もっとも純粋な彼の目には、どんな極悪非道な人間でも天界の住人に映るのだが。
「に、兄さま、姉さまに、し、幸せそうに、優しく笑いかけるんだ・・・・兄さまが、ね、姉さまと、で、出会うことが出来て、よ、よかったなって心から、か、神様に感謝したいよ、僕。」
しかしそれでも手を組んで祈る姿に嘘はないと、それを見た者は確信する。
「それじゃあ・・・・『天使様に愛された魔法使い』かな♪」
「あんたにしては素直じゃない・・・・」
「やだなぁ、マリアちゃん。僕はいつだって素直だよ〜、嘘つきだけど。」
くすくす笑いながら琥珀の瞳の青年は、赤毛の少女をからかい続ける。
「ルノーの願い通り、レヴィアス様がお幸せになるといいね。」
「うん、ね、姉さまが兄さまの、おそ、お傍にいつまでもいてくれれば、う、嬉・・・・」
水色の瞳の少年が金の髪を持つ親友に頷いたその時、言葉を遮るように突然扉がバンッと開かれる。

「カイン・・・・?」

乱暴に部屋の戸を開けたのはこの屋敷の主。
普段そのような粗野なことをしない後見者の行動に、ショナは無表情ながらも怪訝そうに眉を顰める。
「・・・・・・ルノー、その『兄さま』はどこにいらっしゃる?」
「え、あ、あの、お庭で考え事なさるって・・・・・・・・」
冷たく感じられる宰相の言葉に、気の弱い魔導士はいつもにも増しておどおどとしながら答える。
「カイン、なんか変だよ?」
「どうしたっていうのさ、あっ、またレヴィアス様になんかあったの〜?」
幼いルノーへの態度にさすがに無視できない何かを感じ、マリアとジョヴァンニは眉を顰め、もしくは面白がりながら訊ねる。
「ああ、」
それに対する返答か、あるいは苛立ちなのか、カインは部屋の壁にドンッと拳を打ちつける。


「貴族どもにやられた・・・・・・・・・・・・・・っ!」