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就寝の準備をした少女はサイドボードのランプの灯りだけに照らされた寝室の中で、小さく溜め息を吐く。
「本当に、あの人にしか見えないのね・・・・」
口から突いて出たのは昼間の出来事。
青年が『弟』だと連れてきたあの少年の瞳には、聖獣の姿は映ってなかった。
黒髪の彼には見ることはもちろん、触れることさえ出来たと言うのに。
「アルフォンシア・・・どうして・・・?」
未だ自分の心を否定し続ける少女は、自分の半身の考えを判らない振りをする。
もう打ち消すことも引き返すことも出来なくなっていることに気付かず。
理解できないと思い込もうとすること自体、自分の中の感情を認めているということになるのに。
――――――――― 『孤独』を意味する自分の運命に彼を巻き込みたくない。
聖獣の行動に背くように無意識にそう思う心は、明らかにとある想いを含んでいる。
にも関わらず、彼女はそれを認めようとせず否定し続けていた。
「もう寝よう・・・」
もう一度溜め息を吐き、アンジェリークはベッドの端に座っていた体を捩り灯りを消す為ランプに手を伸ばす。
しかしほやを開け吹き消そうとした瞬間、不意に強い風が室内に吹き炎が消える。
「な、に・・・・?」
驚き振り向いた蒼い瞳に全開に開かれた窓が映る。
そして僅かな星光の中に人影を見つけ、彼女は顔を強張らせる。
「あ・・・・」
そこにいたのは、二色の瞳の持ち主。
異界の皇帝。
少女の悩みの原因。
しかもその顔には、見る者の胸を突くあの表情が交じっていて。
切なさが彼女の心を占める。
「どう・・・したの、こんな時間に?」
戸惑いながらも立ち上がり、アンジェリークは近づく彼を見上げる。
「アンジェリーク・・・・」
自分の姿を認めた少女の名を声にして、レヴィアスは小さな手を取りいつものようにくちづける。
「あっ・・・」
そのことに真っ赤になり振り放そうとする彼女の手を逆に放すまいと強く握り締め、彼はグイッと引いてその小さな体を抱き寄せる。
「ちょっ・・・・」
「・・・・貴族どもがおまえの存在を認めんらしい。」
「・・・・・え?」
いきなりのことに頬を染め睨む少女を真っ直ぐに見下ろし、青年は簡潔に事態を伝える。
「おまえを目の前に連れて来なければ、今夜からでも我に他の女を宛がうなどと、勝手に議会で決めてカインに突きつけたらしい。ふざけたことを・・・・」
「え?え?」
しかし余りの急展開に彼女の思考はついていかない。
「馬鹿げた話だ。我の妃はおまえ一人だというのに・・・・今の我がおまえ以外の女を欲するはずがなかろうに。」
頬を撫で髪を弄ぶ彼を、アンジェリークは困惑したまま見上げる。
「あ、の・・・・」
「だが・・・それでも無視する訳にはいかんらしくてな。」
「え?」
「奴らの思惑はなんとか自分の娘を後宮に送り込み権力を手に入れることだからな。そんなものに振り回されるのは面白くない。」
だがおぼろげながらに彼の言っていることを理解し、呆然と黒髪の彼を見つめる。
「このまま一緒に来るがいい。服も何もかも我が用意してやろう。」
「あっ・・・イヤッ!」
しかしマントを翻そうとする彼に気付き、彼女は慌ててその腕を両腕で抱え止める。
「何度も言ってるでしょう?!『わたしはあなたの妃になんてなれません。ごめんなさい』ってっ!どうして判ってくれないのっ?!」
もう何度口にしたか判らない断りの言葉を、苛立ちながらも真っ直ぐに訴える。
「・・・・どうあっても、か?」
「当たり前でしょう?」
聞き分けの悪い子供を相手にしているような気分に陥りつつも、何とか聞き入れてもらおうと彼女は言葉を続ける。
「最初から言ってるじゃない・・・わたしはこの宇宙の女王なの、あなたの宇宙へは行けないわ。」
「我に・・・・おまえ以外の者を『妃』と言うのか?抱けと・・・・?」
彼の寂しげで孤独を感じさせる表情が深くなり、どうしようもない切なさを感じる。
「そんなの・・・仕方、ないじゃない。わたしはあなたの、『皇帝』の『妃』になんてなれないもの・・・・そしてあなたは、誰かを『妃』にしなきゃいけないんでしょう?」
何故か自分の言葉にも胸に痛みを感じて、アンジェリークは理由も判らず震える手をぎゅっと握り締める。
「だが、それでも・・・我はおまえでなくてはイヤだ。」
「っ?!」
「・・・・おまえが共に来ぬというのなら、手段を変えるまでだ。」
「え・・・・?」
突然真っ直ぐに自分を見下ろしていた金と碧の瞳がすぅーっと細まるのを見て、少女は不穏なものを何か感じ僅かに顔を青くする。
「はっ、離してっ!」
そして今度こそ離れようと広い胸の中でもがくが、しっかりと抱き寄せられて身動き出来ない。
「ヤダッ、何を・・・・っ?!」
「おとなしくしてろ。」
そんな暴れる彼女に冷静すぎるほど冷静な表情を向け、レヴィアスはグイッと小さな顎を持ち上げる。
「え・・・・・んんっ!」
驚きに薄く開いた唇を自分のそれを押し付け、まるで噛み付くように深く貪る。
「んっ・・・・んんぅっ・・・・っ!」
これまでとは違うくちづけに驚き戸惑う少女の口に、青年は強引に自分の舌を押し入れる。
閉じられた瞼の縁から涙が滲むのを見ながらも腔内を蹂躪するのを止めず、彼は彼女を手に入れる為に更に強く求めていく。
そして星明かりの中。
青年は不意に小さな体をそのままベッドに押し倒し。
少女はシーツの上に組み伏せられた。