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「んっ・・・・ゃっ!」
唾液に濡れた唇から離れた彼のそれは柔らかに耳朶に触れ、アンジェリークはくすぐったさに喘ぐ。
「『皇帝』が手を付けた事が判れば、どんな女でも『妃』に招き入れねばならんからな・・・・例え、異界の女王でも。」
「なっ・・・・?!」
彼が吐息と共に耳元で囁いた言葉のその意味にショックを受け、彼女は一瞬拒むのを止める。
「ゆっくりおまえの心を解きほぐそうと思っていたのだが・・・・バカ共のせいでそれも叶わんらしい・・・・」
「やっ・・・・んぁっ・・・・」
その隙に肌を夜着越しに撫で上げられながら首元に唇を寄せられ、少女は体を震わし甘く息を荒くする。
身を・・・彼に任せてしまいたい気がする。
このままでは力づくで彼の『妃』にされるのが判るのに。
無理矢理に体を奪われてしまうのが判るのに。
これ以上なくひどい扱いを受けているにもかかわらず、今のこの状態がひどく心地いい。
強引に弄られるのはイヤなのに、それと同時に触れられるのがこの上なく嬉しい。
なぜ・・・・?
ううん・・・本当は、判ってる。
本当は、彼のことを・・・・・
その時蒼い瞳の裏側で、桃花色の羽がひらひらと舞い幾重にも散って飛ぶのを感じる。
ア・・・ル、フォ・・・・・ンシア?
それが何なのか、そしてその意味に気付き、すうーっと血の気が引く。
彼の思惑とは逆に、自分が彼を束縛しかけていることに。
自分の願いに反して、もう一つの運命の歯車を半身が回そうとしていることに。
「ダッ、ダメーッ!」
少女は制止の言葉を叫びながら、自分に覆い被さる人を突き飛ばす。
「アンジェ・・・・?」
突然の普段の彼女からは考えられない力に驚き、レヴィアスはハッと我に返る。
「ダメ・・・・わたし・・・・・」
「アンジェリーク・・・・」
「触らないで・・・・」
露にされかけた胸元を掻き寄せ涙を零す彼女の声に、彼は濡れた頬に伸ばし掛けた指を止め胸を刺す痛みに眉を顰める。
シーツの上で背を丸め顔を背けるその姿は明らかに自分を拒絶していて、事を急いた結果を思い知る。
「我が・・・嫌いか?」
そんなまるで血を吐くようなその言葉に、彼女は自分を覗き込む彼にばっと振り向き驚いたように見開く。
「そんな・・・そんな訊き方、ずるい・・・」
けれどすぐにキッと眉を寄せ、新たな涙を零しながら青年を見据える。
「好きなのに・・・・好きだから、あなたと一緒には生きられないのに・・・っ!」
自分の言葉に呆然とする彼に見つめながら、アンジェリークはついに彼への気持ちを認めてしまったことに全身から力が抜けるのが判る。
「・・・・いいわ。『女王』がなんなのか、教えてあげる。」
抑制された少女の声に、レヴィアスは眉を顰めながらも続きを待つ。
「あなたの宇宙は違うみたいだけど・・・この宇宙は『女王』が育ててるの。」
「育てる・・・・?」
「ええ・・・・」
彼女の言葉に師の書物庫で見た古い文献に書かれていたことを思い出す。
いくつもの宇宙の中には、『天使』が加護し慈しむ宇宙があると。
それを見た当時は、自らの宇宙の『神』と同等のものだと思っていたのだが。
少女の言葉を信じるなら、その記述は本当のことなのだろう。
だが・・・・
「人が宇宙を育てるには、時が足らぬのではないか?宇宙の進化など、日進月歩で進むわけがあるまい。」
「そう・・・『女王』が他の人間と同じ時を過ごしていたのなら、足りないわ。宇宙から見たら、きっと人なんて生まれたと思ったらあっという間に死んじゃう儚い存在だもの。」
涙を滲ませたまま僅かに寂しげな微笑みを浮かべ、少女は恐らく聖獣にとって事実であろうことを口にする。
「だから・・・『女王』は人であって人でなくなるの。」
「・・・・何?」
「永遠とも言える時を過ごすの、宇宙と共に。それが『女王』、わたしなの・・・・」
驚愕とさえ呼べる表情を浮かべた青年に、アンジェリークは胸が締め付けられる。
「多分・・・あなたの宇宙に行っても、わたしがこの宇宙の『女王』であることは変わらないわ。どこにいようとそれは変わらない。でも・・・・」
涙を必死に堪え、少女は言葉を続ける。
「でもあなたが年老いても、あなたが死んじゃっても・・・・わたしは今と同じ姿のままなのよ。」
『女王』としての時間の流れに囚われ続ける自分の数十年後を想像し、彼女は涙を零しながらも真っ直ぐに彼を見る。
「そしてあなたはわたしを置いて死んじゃうの・・・・わたしを一人置いて死んじゃうの。そんなの、わたし、耐えられない・・・っ!」
「アンジェリーク・・・・」
まるで責める様に感情に任せて辛さを叫ぶ少女を、レヴィアスはただ見下ろすことしか出来ない。
「『皇帝』だなんて強引に攫っておいて、あなたがいつかわたしを捨てることなんて判りきってる。だから『皇帝』の『妃』になんてなれない。・・・・なりたくないのよ。」
悲観めいたことを口にされてもそれを咎めることも出来ず、青年はただ涙に濡れ見上げる顔を金と碧の瞳で見つめる。
「・・・・あなたなんて、いらない。」
そして再び目を逸らし小さな声で突き付けられた決定的な拒絶を、彼はもう何も考えられず呆然とただ聞く。
「もう・・・・来ないで。」