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「アンジェ・・・・?」

女王の執務室を訪れた金の髪の補佐官はそこにいた部屋の主の様子に、形のよい眉を顰める。

ぼんやりと窓の外を見る後ろ姿。
その親友が纏ってる雰囲気は、いつもの彼女とは違っていて。
いつも明るく笑って迎えてくれる女王の姿はそこにはない。

その原因をなんとなくでも察している少女は、紫の瞳を逸らし細める。
けれど小さく頭を振り、思い直したようにもう一度名を呼ぶ。
「アンジェ。」
「・・・・・レイチェル。」
振り向いた彼女の瞼と瞳が赤く腫れ上がっていることに、レイチェルは気付かぬ振りをする。
そしてその手に持っていた書類を差し出して、僅かに躊躇いながらもそれに目を通させる。
「昨日の夜・・・・聖地に起こった異常現象の報告書だよ。」


木々の枝を折るほどの暴風。
体に変調をきたすほどの磁場の狂い。
数時間の間、断続的に続いた揺れ。

予兆も何もなく起こったこれらの現象。
研究院も事前に感知できないくらい、本当に突然起こったこと。

その中心にあったのは、女王の私室。
けれどそこはまるで台風の目のように無傷で。
そしてその主が恐れる雷の類いは、例え遠方でも発生しなかった。
憤りながらも、少女を思いやるように。


「・・・・ごめんなさい、わたしのせいよね。」
「アンジェ・・・・」
「わたしは、女王なのにね。・・・・宇宙を傷つけちゃった。」
書類に目を落としたまま淡々と自嘲気味につぶやく親友に、少女は起こるべくして起こった事態に小さく唇を噛む。
「あの人の心も、傷つけた。ちゃんとわたしが断らなかったから・・・・あの人の優しさに甘えてたから・・・女王なのに。」
「アンジェ・・・・ッ!」
目の前で怖いぐらい静かに自分を責め続ける彼女の姿に、レイチェルはそのことに耐えられなくなり言葉を遮る。
「・・・・アナタは悪くないよ。」
そしてどこか空ろに生気なく自分を見る蒼い瞳に、金の髪を揺らしながら首を振る。
「彼もアナタも悪くない。だったら・・・だったらこうなることにうすうす気付いていたのに、放っておいたワタシも悪いよ。」
「レイチェル・・・・?」
小首をゆっくりと傾げる親友の手を取り、その手からばさばさと書類が床に散らばるのも構わずに少女は言葉を続ける。
「ワタシ、判ってた・・・・アナタはきっとあの人を選べないだろうってコトに。そしてアナタに拒まれたあの人が心乱すってコトに。」
明らかに泣きはらした顔を覗き込み、言い聞かすように言い解く。
「・・・・何があったのかは、訊かないヨ?でもね、こうなったのはアナタのせいでもあの人のせいでも絶対にない。」
「でも・・・」
「悪くないのっ!・・・・人が人に惹かれて、悪いワケないでしょ?」
しかしなおも言い募る親友にその体をきゅっと抱きしめ、少女は宥めるようにいつもにまして小さな背中を叩く。
「やっちゃったことを悔やんでも仕方ないよ。これからのことを考えよ?・・・ネ?」
「・・・・うん、そうね。」
その顔に笑みはないものの素直に頷いたアンジェリークに少しホッとし、レイチェルは細い体を離す。


親友の心が元通りになることはないだろう。
そしてすぐに立ち直れるはずもない。
彼女が彼を忘れることも、おそらくない。

出来ることなら、なんとかしてあげたい。
でもそこまで立ち入ることは、きっと許されない。
少女の心に多分生まれて初めて生まれただろうその感情を押し殺すことは、心ならずとも少女自身が決めたことだから。
彼女が決めたのなら、それは例え半身である聖獣でも覆せはしない。

覆せるとしたら、きっとそれはただ一人。
この宇宙には存在しない、遠い世界のあの人だけ ――――――


「それじゃあ、まずは被害状況をまとめて、聖地の修復だね。」
足元の報告書を拾い胸に抱えて、金の髪の少女は努めて明るい声で立ち上がり身を翻す。
「ねぇ・・・レイチェル?」
「・・・何?」
しかし退室しようと歩き出す寸前、不意に呼び止められた彼女は再び窓辺に立ち外を見やる女王を振り返る。
「わたし、わたしね・・・あの人のことが好きだったみたい。」

過去形で初めて語られる感情。
しかしそれが、過去のものであるわけがなく。
諦めたように外を見つめる姿。
それもまた、まるでそこに突然現れる人を待っているようにも見えて。

そこにわずかな希望をレイチェルは見出す。



「・・・・そう。良かったネ。」


ようやく自分の心を吐き出した親友に、少女は短く肯定と祝福の言葉を残し。
少しだけ寂しげに、けれど嬉しそうに微笑んで扉を出たのだった。