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「ごめんね・・・・」
サイドテーブルに置かれたランプの炎が揺らめく薄暗い女王の私室。
あの時と同じ部屋で同じようにベッドに佇む部屋の主は、謝罪を口にする。
誰に対するともなしに。
いや、世界の全ての者達に対して。
補佐官でもある親友と。
自分の半身である聖獣と。
新たな宇宙を成長を見守ってくれる故郷の人々と。
自分が女王であるこの世界に生まれた幼い命たちと。
そして ――――――― 異界の彼に。
何度謝っても謝りきれない。
自分を支えてくれる親友は、悪いことじゃないと言ってくれたけれど。
誰かを特別に想うこと。
それは普通の人間なら、当たり前の感情だろう。
そして女王も普通の人間だと思っていた、彼を好きになるまでは。
人を想うのに、こんなに苦しみを感じるとは思わなかった。
互いに想い通じ合えば、楽しく、嬉しいことばかりだと思っていたのに。
せめて彼が何の力もない普通の人間であったなら。
己の成長に貪欲な聖獣に見込まれたりしなかっただろうに。
もしくは、どこかの宇宙の『皇帝』でさえなかったら。
これほどの躊躇いもなく、彼を自分の運命に巻き込めたであろうに。
そんなふうに思ってしまう自分の身勝手さに、アンジェリークはまた罪悪感を募らせる。
「っく・・・・ごめんなさい・・・・」
細い肢体をシーツの上に預け、少女は枕に顔を押し付け嗚咽を堪える。
けれどそれは押さえ付けられるものではなく、零れ落ちる涙は枕を濡らしていく。
もっと早く気付けばよかった。
自覚すればよかった。
あの人が好きだということを認めさえすれば、その時点で断ることが出来たのに。
彼を傷つける事態になる前に。
彼のことをこんなにも想う前に。
そんな想いに反して、彼を手に入れたくなる前に。
逢いたい。
傍にいて欲しい。
この宇宙にいて欲しい。
自分の傍らで、自分だけを見ていて欲しい。
あんな寂しげな笑いではなく、心からの笑みを浮かべて。
彼にあんな表情をさせる世界なんて、捨てさせたい。
彼の治める宇宙から、彼を奪ってやりたい。
彼がいなくなった後、どうなっても構わない。
自分が欲しいのなら、この宇宙に ――――――――
そんな感情に任せてしまえたら、どんなに楽だろう。
自分の幸せの為だけに生きられたら、どんなにいいだろう。
もちろんこの宇宙の安寧を考えれば、彼を手に入れるのも手段ではあるが。
でも彼には彼が守るべきモノがあるから。
自分に慈しむモノがあるように。
だから彼を選んではいけない。
欲張ってはいけない。
欲しがってはいけない。
自らの幸せよりも他者の幸せを考える少女は自分を戒め、細い指が白くなるほどぎゅっと枕を握り締める。
だから諦めなくてはいけない。
忘れなくてはいけない。
彼のことも、この感情も。
きっといつか忘れられる。
忘れられないにしても、思い出になる。
過去のこととなる。
なるはずだ。
もう二度と邂逅できないのだから。
彼自身が再びここに来ない限り・・・・
その時、不意にランプの炎が掻き消え、部屋に暗闇が訪れる。
そう、あの時と同じように風が吹いて。
そのことに驚いて体を起こし、振り向いた蒼い瞳に映るのは窓辺に立つ黒衣の青年。
紛れもなく、少女が拒絶し求めてやまない異界の皇帝がそこにいた。
「なんで・・・・?」
「なんだ・・・・まだ泣いていたのか?」
ベッドの上の自分に目を細める彼に、アンジェリークは嬉しさとも哀しみともつかない感情に胸が締め付けられる。
そして近づく人影に、喜びとも恐れとも判らず小さな体を震わせまた瞳を潤ませる。
「泣くな・・・・」
そんな姿に困惑したのか、女王の部屋に忍び入った青年は僅かに口の端を上げながらも眉根を下げる。
その表情のまま涙に濡れた頬に手を伸ばされ、けれど身動きが出来ない少女は金と碧の瞳を見返しそれを甘受する。
「久しいな、アンジェリーク・・・・・」
「あ・・・・」
一瞬躊躇いながらも触れた冷たい指先に安らぎと優しさを感じ、彼女は彼を見つめたまま涙を零す。
「・・・・・ずっと、おまえに逢いたかった。」